コラム「もてなし上手」バックナンバー

<2019(平成31・令和元年)連載分>


第107回:令和元年12月1日掲載

勇気を出しておもてなし

~案内して終わりでなく~

「贅沢なことは言いません。せめて、新幹線を降りられた時のわくわく感のまま、旅館にお客様をお連れいただきたい」。旅館の女将さんがタクシードライバーに話していたこの言葉が、頭の中にずっと残っていました。

早朝の出張で空港まで、タクシーを利用することがあります。「今日一日顔晴るぞ」と乗ったタクシーでドライバーの対応が悪く、暗い気持ちになった体験を何度かしています。私は乗車前に、必ず小銭を用意します。以前に1万円札しかなくて叱られた苦い経験があるからです。近距離で嫌な顔をされたことも、1度や2度ではありません。

ある日、東京に開業したホテルに泊まることになりました。初めて行く場所で、土地勘もないのでタクシーを使いました。ただ、新しいホテルだと名前を言っても分からないだろうと、住所を控えておきました。

タクシーに乗り込み、ホテル名を伝えると「ごめんなさい。そのホテルは分かりません」「住所をナビに入れてもらえますか」「それは助かります」。そんな会話をして出発しました。ホテルに近づくと、ドライバーが「お客様、このホテルにはまたお越しになりますか」と尋ねてきました。「分かりませんが、どうしてですか」と応えると、「ホテルは、明治座の隣のようですから、またお越しになるときは明治座と言ってください。分からない運転手はいないと思います」

今まで、ドライバーに「その場所は分かりません」と何度も言われましたが、次の乗車のことまで気遣いされたのは初めてでした。タクシーを降りるときには、ドライバーが「入り口はどこでしょう」と聞くので、「あの明かりのところでしょう」と入口らしき場所を指さすと、「ちょっと待っていてください」と走り出して行きました。

そして、「お客様、違いました。あっちを見てきます」と、また別の方へと走って行き「こっちです」とホテルの入り口を見つけてくれたのです。目的地まで案内して終わりではなく、入口まで探してくれた運転手に感動しました。

「ありがとう。助かりました」とお礼を言うと、「お客様、一緒にホテルに入ってもいいですか」と頼まれました。どうしたのかと思いながら、一緒にホテルに入ると、周りを見渡しながら「良いホテルですね。おかげで次にこちらにお客様をご案内するとき、話のネタができました。ありがとうございます」と言うのです。

その姿にプロ意識を強く感じました。別れ際には「良い夜をお過ごし下さい」と一言。良い印象をお客様に残す勇気ある言葉に、思わず笑顔になり、良い運転手に出逢えたことにうれしさを感じた瞬間でした。



第106回:令和元年11月1日掲載

楽しみながら創造するおもてなし

~根っこさえ共有できていれば~

福島県白河市で9月28、29日に開かれた日本ご当地キャラクター協会主催の「しらかわキャラ市」に、当社が事務局を務める「日本ご当地タクシー協会」も参加しました。日本各地から加盟のご当地タクシーやタクシーの屋根に載せる「おもしろ行灯」を会場で展示しました。

そこで、各地から駆け付けたタクシードライバーの行動に感動しました。初参加で、どのような催しをするのか、各ブースでできることは何なのか。事前連絡で理解はしていましたが、やはり全体の雰囲気を壊さないよう気を付けていました。

当日までに決定していたのは加盟タクシーを紹介した「ご当地タクシーカード」の発表と、プレゼント抽選だけ。それ以外の細かいことは、現場で考えようと乗り込みました。

開催前に会場全体を歩き、ブースの設営が終わるころには、雰囲気も掴むことができました。早速、ブースへの誘導を促すため、用意してきたポスターを段ボールに貼り、パネルを作りました。

ちょうどパネルを作り終えたころ、会場に到着したタクシーのドライバーが、そのパネルを見つけるなり、躊躇なく背負って来場者にチラシを配り始めたのです。誰に頼もうか、役割分担表を作らないといけないと考えていたので、この自主的な行動には頭の下がる想いでした。

もう1つ用意したのが、各地から参加した「おもしろ行灯が載ったタクシー」や展示した「おもしろ行灯」と写真を撮ってください、というポップでした。

イベントが始まると、ポップを見た子供連れのお母さんが、車の前に子供を立たせて写真を撮り始めました。その瞬間です。タクシーの脇にいたドライバーが「乗ってみますか。運転席に」と声を掛けたのです。

それは、集まった人たちを笑顔にする言葉になりました。それをきっかけに、おかあさんとワクワクした笑顔の子供たちで、たちまち順番待ちが出るほどの人気のコーナーに。

私が「以前から考えていたのですか」と聞くと、「思わず出ちゃいました」と笑顔で話すドライバーを、本当に誇りに感じたのです。

そのコーナーの感動風景は、子供たちを順番に抱き上げ、運転席に安全に座らせようとドライバーの行動でした。「レバーに足を引っ掛ける子供がいて危ないと感じた」ということでした。「しかし、腰に来ました。」と笑顔で言うドライバーは輝いて見えました。

行動は伝えて実行してもらうのではなく、各人がその場で考えて「考動」する。根っこさえしっかりと共有できていれば、咲かせる花はそれぞれが意思を持って美しく咲かせることができる。

最幸のおもてなしが実行できた2日間となりました。

 

 

 



第105回:令和元年10月1日掲載

伝える情報で日々の仕事に価値を創る

~到着前からおもてなしは~

講演先で「新幹線の改札口でお待ちしております」と確認メールが入りました。 先方とは初めてお逢いするので少し不安でしたが、「ホームページでお顔は確認していますので大丈夫です」と言われ、安心することができました。

改札口での出迎えには本当に驚かされました。まず、「西川様」と書かれたお迎えボードが、ほかのボードと比べて2周りも大きいのです。しかも、3つの改札口から出てくるお客様一人ひとりに、そのボードがしっかりと見え、注目してもらえるように、「西川さんではないですか」といった声が聞こえてくるかのように、ボードを動かしながら、お客様を笑顔で見ているのです。

そのボードはすぐに目に留まり、ほっとした瞬間「西川様ですね。お待ちしておりました。」と声をかけてくれました。

これまで、こうした機会はたくさんありましたが、そのときはいつも「無事にお逢いできるだろうか」、「改札口は1つだろうか」、「どんな方が迎えに来ているだろうか」などと、不安に感じていました。

実際うまく逢えずに、うろうろしたことも何度かありました。念のために携帯番号を知らせてくれる人もいます。万全の準備はできていても、その場で何が起こるかは分かりません。大切なことは、お客様に安心感をいかに事前に提供することができるかです。ミーテイングポイントの写真や、お迎えときに使用する旗、あるいは迎えに来る人の写真まで送ってくれた例もあります。

さらに、車までの案内時にも気を使うポイントがあります。お客様の荷物や車までの階段などに気を配る人は多いですが、新幹線など長く乗車された人をそのまま車に案内するのではなく、目的地までの移動時間を伝え、お手洗いなどの時間を取って上げることも忘れてはならないことです。

10分の到着時間であれば、休憩は旅館に着いてからでも良いですが、30分以上掛かれば、「トイレに行っておけば良かった」ということになりかねません。旅館での数々のおもてなしも、この時点で不満を創ってしまっては、その価値は十分にお客様に伝わらなくなってしまいます。到着される前から、おもてなしは始まっています。

車内で、冷たいおしぼりを準備した車に乗ったこともありますが、使ったあとのおしぼりの扱いに困ったこともあります。喜んでもらおうと始めたお迎えやおしぼりサービスが、かえって気の利かない旅館だと思われてしまうことは、本当に残念なことです。到着までに車内で何を伝えるのか、会話まで考えてお迎えサービスの価値を高めていきましょう。

 

 

 



第104回:令和元年9月1日掲載

後ろ姿に問いかけるおもてなし力向上法

~次の必然を創り出すこと~

クライアント企業で毎年2、3回開催する、バスツアー添乗員の研修を実施してきました。日常の添乗業務の中で生まれた自分自身の「当たり前」を壊して、業務を1から見つめ直す研修です。ふだんと違う緊張の中でお互いの業務を見つめ直し、先輩後輩に関わらず厳しい意見を出し合います。

その中で、自分では気づかない癖や改善点を自覚し、一つひとつの行動に修正を加えていくのです。そんな研修を終えた翌日に、1人のお客様として添乗員のバスツアーに参加し、涙を抑えきれないほどの感動に出逢いました。

お客様に喜んでもらい最幸の1日にしてもらおうと、何日もかけて準備をしてきた日帰りバスツアーです。楽しい時間は、あっという間に過ぎ、バスツアーもいよいよ最後というとき、添乗員がお礼のあいさつのためにマイクを持ちました。

あいさつを終えて「ありがとうございました」と言葉を発し、深々とお辞儀をした瞬間に、私の胸に熱いものが込み上げてきたのです。この瞬間のために、私たちの仕事のすべてがあるのだと強く感じたのです。

お客様からの予約が入ったときから、お客様との出逢いに想いを寄せて、多くの準備をする。

そして、感謝の想いを込めてお迎えし、用意した数々のおもてなしでお客様を最幸の笑顔にする。こうした努力の結果、お客様の満足度は高まり、笑顔で「お世話になりました。また来ますね」と帰っていかれる。

ただ、これが私たちの日常だとしたら、まだ足りないのです。私たちの仕事は満足を提供することではありません。

そのための努力や行動は尊いですが、私たちはビジネスをしています。ボランティア活動ではありません。お客様とのたった一度の出逢いを、私たちのおもてなしで次の必然を創り出すことが仕事なのです。

最後にお客様を見送る時に、その後ろ姿に問い掛けてみてください。「このお客様は、次も当館を選んでくださるだろうか」と。「間違いない」と確信が持てたときは、その瞬間までの仕事が成功していたのです。

もしも不安があるとしたら、それはどこが足りなかったか、何をさらにすべきだったのかを考えてみましょう。

その改善、強化ポイントをしっかりと自覚しなければ、決して成長はできない。この大切な時間に、いろんな言い訳を考えて自分自身で納得させたり、何も考えることなく、次の仕事に向かって行ってはだめです。

鳴りやまない拍手の中で、3秒を超えて実行されたお辞儀は、バス添乗員が正にその問いかけを自分自身にする時間でもあったのです。

 

 



第103回:令和元年8月1日掲載

「私」を待つ部屋に感動がある

~現場からメッセージを書く~

 弊社が年に2回、主催している「おもてなしセミナー」開催前のことです。半年間に出逢った感動サービスをまとめるためと、モチベーションを上げるために訪れることにしているのが「リッツカールトン東京」です。訪れるたびに新しい気付きをくれる、私にとって大切な場所でもあります。

 「今回はどんな感動に出逢えるのだろうか」とわくわくしながらその日を迎えました。チェックイン時に「西川様、お帰りなさいませ。今日はアップグレードしてスイートルームをご準備いたしました。ゆっくりとおくつろぎください」と迎えられました。その瞬間に1つの不安がよぎったのです。

 宿泊業のクライアントや講演、セミナーでも、「チェックイン時に端末を操作して、その時の空室から適切な部屋を割り振るようなやり方をしてはいけません。安易なアップグレードはしないでください」とよく話をします。アップグレードで喜ばれて次回利用に結び付いても、予約通りの部屋しか準備できなかったら、お客様は残念、あるいは不満にすら感じるのではないでしょうか。

 しかし、リッツカールトン東京では、客室に案内をされてその不安は一瞬でなくなりました。部屋のテーブルには、メッセージカードがちゃんと置かれていたのです。つまり、ホテルに到着する前から、その部屋は私のために用意されていたのです。当日の部屋の清掃をして、私の到着をずっと待っていてくれたのです。その想いが、とてもうれしかったのです。

 置かれたメッセージカードも印刷ではなく、私宛の手書きのメッセージだったのです。さらに、初めて宿泊した10数年前から変わらず、いつも用意してもらうズボンプレッサーが、部屋の隅にあったのです。間違いなくその部屋は、私の好みに合わせた部屋だったのです。

 メッセージカードを置くホテルも増えています。手書きだと手間もかかることでしょう。「以前は実行していたが、効果がないので止めました」という声を聞いたこともあります。

 よく聞いてみると、そのメッセージカードは印刷されたものでした。印刷でも構いませんが、もっともいけないことは、そのメッセージを発信した人がお客様と出逢っていないということです。

 

 やはり一度はリアルに出逢うことにより、そのメッセージカードが初めて生きてくるのです。メッセージの内容は、個客をイメージした個別メッセージが喜ばれることは間違いありません。そのためにも現場からメッセージを書く人に、個客情報のバトンを渡すことのできる仕組みを創造することが、おもてなし経営を実現するのです。



第102回:令和元年7月1日掲載

内線電話に問われるおもてなし力

~滞在のあとの今日一日を~

 客室からフロントに掛かってきた電話が、会話の途中で突然切れました。「あなたが受け手だったら、どんな対応をしますか」。受講者からは「途中で電話が切れてしまい申し訳ありません」と、こちらから内線をかけ直すという回答でした。

 では、応対が上手くいかずお客様を怒らせてしまった電話を保留にして、戻ってみるとその電話が切られていたら。やはり「すぐにかけ直します」。では、その折り返しの電話にお客さまが出なかったら、「客室に行ってお詫びをする」。

 こうした基本的な行動が、現場では当たり前のようにとられていないことがあるのです。

 この質問をしたのは、私自身があるホテルに滞在した時に電話をしたからです。いくつかの質問に、フロントスタッフは分からないという返事を繰り返すばかりで、いきなり電話を保留にされました。しかもなかなか電話に戻ってきません。そんな時に携帯電話に着信があり、そのまま内線電話を切ってしまったのです。

 そのあと、折り返しの電話はありません。翌朝のチェックアウト時にも、それに触れる会話はありません。電話の受け手は、電話が切れた時点で用事は終わったと理解したのか、引き継ぎもなかったのです。

 ただ、お客様が意思を持って切ったのではなく、突然体調に変化があり倒れる時に切れていたら、大変なことです。

 朝食付きプランを予約し、朝食券を渡していたのにチェックアウト時に朝食券がキーケースに残っていたとします。多くのホテルでは、そのまま回収してチェックアウト完了です。「朝食はこれから取っていただけますか」と尋ねるホテルは本当に少ないのです。

 わざわざ食事付きのプランを予約したのに、食事を取らないのは理由があるはずです。そこに意識を向けなくてはなりません。体調を崩したのかもしれません。寝坊をして急いでいるのかもしれません。

 その場合には、せめて水分補給のために水をお渡しする、あるいはタクシーを呼ぶなどお手伝いできることはあります。滞在中に不快感を持たれての出発ならば、最後のリカバリーのチャンスを逃してはいけません。よくあることだからとルーチンで処理をしてはいけないのです。

 私たちの仕事は、お客様に快適な滞在を提供するだけではなく、滞在のあとも元気に気持ちよく仕事をしていただけるよう、応援をすることも大切な仕事なのです。

 「行ってらっしゃいませ」と声を掛けるのは、またお帰りいただくことを期待してのリピーターへの言葉だけではなく、滞在のあとの今日一日を、元気に過ごしてもらうためのエールなのです。

 



第101回:令和元年6月1日掲載

入口の対応で決まる観光地満足度

~見事な連携プレイ~

 大型連休で各観光地はにぎわいましたが、お客様の中に「二度とこんなところには来たくない」という印象を残した観光地も少なくないのではないでしょうか。その原因の1つに、観光地の駐車場問題があります。

 ピーク時に合わせて、大きな駐車場確保はなかなか難しいことです。確保しても、今年の10連休はそれ以上の車であふれたことと思います。そのために、警備員を増強して対応する観光地も多かったと思いますが、その警備員の対応が悪いために、お客様の第一印象を悪くした観光地も多かったようです。

 暑さと雨の中、延々と続く車の行列に対応する警備員の苦労は並大抵ではなかったと思います。いきなり怒り出すドライバーや苦情をぶつけられる警備員もいたでしょう。多くの警備員が、事故無く、よりスムーズにと一生懸命に仕事をしていたと思います。

 しかし、合図の出し方があいまいで逆に混乱し、ヒヤッとする場面も私自身が体験しました。そんななか、福島県の大内宿で駐車場警備員さんの動きと対応に感動しました。

 大内宿に向かうため、朝早めにホテルを出ましたが、後少しで到着というところで駐車場待ちの渋滞に巻き込まれました。ナビを見ると、あと1つのカーブを曲がれば、目的地が見えてくるという場所です。

 そこから約1時間は、少し進んでは止まり、また少し進む…といった具合で、ようやく誘導する警備員が見えて来ました。1台1台の車にお辞儀をして、笑顔で近づいて話をしています。自分の順番で窓を開けると「お待たせして申し訳ありません。そこに見える駐車場だと次にご案内できますが、そこからだと大内宿には少し歩いていただかなければなりません。先にもう一か所駐車場はありますが、そこはまだ少しお待ちいただくことになりますが、どちらにしますか」と話し掛けられました。

 多くの駐車場では、お客様の都合ではなく、自分たちの都合でここに入れという合図でした。「もっと近くに駐車場があったではないか」と、後からその指示に従った後悔や不満が残りました。

 私は先に進むことを希望しました。すると、その先では、その警備員から連絡受けた人が左に寄せて止まるように合図をしているのです。見事な連係プレイです。そして、車を止めると、また笑顔で「ご協力いただきありがとうございます。反対方向からくる車と交互に入ってもらっているので今しばらくお待ちください。6台目に案内できます」。ほとんどストレスを感じることなく、しばらくして駐車場に入ることができたのです。人数も大切ですが、託す仕事の内容がそれ以上に大切なのです。



第100回:平成31年5月1日掲載

良いサービスを引き出す力

~笑顔と会話、そして名前~

 「あけましておめでとうございます」。2年ほど前までは、毎月のように通った喫茶店で声を掛けられました。「もう3月も終わりですよ」と返すと「だって、今年になって初めてですよね」。確かにこの2年間、数度しか行っていません。今回は5ヶ月ぶりでした。

 そこはJR博多駅の中にあり、毎日多くのお客様が来店する喫茶店。何故か行きたくなるのは、気持ちの良い会話のできる人がいるからです。極端にいうと、その人に逢うために博多まで行きたい、と思わせる。忘れられない人に、人はリピートするものなのです。

 この対応が個人的なスキルかといえば、その店のほとんどのスタッフが同じような対応をするのです。「ブラックでしたね。変わっていませんか」と声を掛けられ、「覚えていてくれた」とうれしくなりました。

 初めてのとき、スタッフが「すぐに戻ってきます」と言って、水とメニューだけ置いて席を離れました。戻ってくると「ごめんなさい。もう決まった」。この馴れ馴れしい接客に違和感を覚える人もいるでしょうが、スタッフには、それを許せる温かい笑顔がありました。

 怒るどころか「コーヒーを下さい。おいしいやつを」と、冗談で応える私が居ました。すると、「了解。とびっきりおいしいコーヒーを用意しますね」と返してきます。この会話で心を掴まれました。丁寧だけでなく、お客様を幸せにする接客です。良いサービスを受けるには、良いお客様であること。良いお客様に、接客者は持つ以上の力を発揮し、最幸の接客をしてくれます。それを引き出すのがお客様なのです。

 「良いサービスを受けることのできない人に、良いサービスは提供できない」。同じサービスを受けても、良いサービスだと感じられる人とそうではない人がいます。感じる力の差です。より高いサービスの体験者の中にも、受けたサービスを良いものと感じない人もいるかもしれません。それは、サービスの楽しみ方を知らないからです。より高いサービスを知っているなら、満足できるサービスを引き出し、サービスを楽しむべきなのです。大切なのは、笑顔とコミュニケーション、そして名前なのです。

 初めて行ったラウンジで、「○○さん、コーヒーをお願いします」と注文した知人がいます。スタッフのネームプレートを見て、名前を呼んだのですが、一瞬で、スタッフの表情が笑顔に変わったのを覚えています。店内の雰囲気をサービススタッフだけに委ねるのではなく、お互いに快適な環境を創り上げてこそ良いサービスを受けることができます。それと、少しのわがままがサービススタッフの力を引き出すのに必要かもしれません。

 



第99回:平成31年4月1日掲載

お客様のお叱りのことはありがたいアドバイス

~どんどんわがままに耳を傾けて~

 「いいからやれ!責任は俺が取る」。

 そんなしびれるような言葉を、現場スタッフの会議で久しぶりに聞きました。この会議では、自己解決事案について話し合う時間を大切にしています。現場で発生した事案を、ほかのスタッフと共有しながら、もっと良い解決策を探っていきます。

 そのときにどう思って行動をしたかを全員に記憶してもらい、いつか同じような場面に出会ったとき、すぐに行動できる力をつけるためです。「あの人だからできた」ではなく、そのときの想いと行動を知れば、誰にでも同様の行動ができるようになるのです。

 そのなかで、「それはやりすぎでないのか」と、上司から意見が出ました。あなたにできることでも、ほかの人にはできないかもしれない。別のスタッフからは「やってくれと言われたらどうする」という意見でした。そのとき、上司が発したのが先の言葉です。

 今「考動」できないスタッフが増えています。

 教えられたことは、ちゃんとできますが、その行動がどんな目的で実行されるべきかを考えずに、ただ教えられたとおりの動作や声掛けを実行している。そこに違和感を覚えるお客様も多いです。これは教える教育者の問題でもあります。

 あるホテルで、宿泊客から厳しいお叱りを受けました。この声をどう扱うかは大きな分岐点となります。会議室では「お客様から、こういう内容のクレームがありました。どういう状況だったのか、再び繰り返さないためにどういう対策が必要か」。幹部社員の前で、現場担当者は下を向いたままです。ただ、内心では「誰がやったんだ」と怒りすら感じているかもしれません。

 別のホテルでは「先日、お客様からこうした内容の声が届きました。厳しいお叱りですが、ありがたいアドバイスです。どのように活かすべきか検討してみましょう」。スタッフからは「大きなヒントをいただき、ありがとうございます。また1つ良いサービスが創り出せそうです」。

 クレームが生まれる瞬間は、お客様の声をサービス提供者が受け止めるときです。お客様の声をクレームと受けとれば、社内的にはクレームとして扱われ、上司から叱責を受けない決められた行動しかとらなくなります。例えそれがお客様を想っての行動でも、上司から言われていない行動は取らなくなってしまう。

 クレームを出さない行動だけでは、つまらないサービスしか現場には残りません。

 クレームではなく、ありがたいお客様からの声と捉えられれば、どんどんお客様のわがままに耳を傾けて、業務の改善を目指すやる気が生まれてくるのです。



第98回:平成31年3月1日掲載

おもてなし行動はお客様を見て

~常に疑問符を持ちながら~

 日本航空が機内でCAの出身地シールを希望者にプレゼントしているのをご存知でしょうか。CAとの会話のきっかけづくりとして企画されたものです。昨秋に搭乗したときそれを知り、搭乗するたびに「シールをいただけますか」と声を掛けています。

 先日も「CAさんのシールは、いつまでいただけるのですか」と聞くと、「3月末までです。お集めいただいきありがとうございます。どのくらい集まりましたか」と、会話が弾みました。

 その日、搭乗してしばらくすると、CAがニコニコしながら「シールを集めてくださっていると聞きました。今日の搭乗スタッフのシールを集めておきました。まだのものがあれば良いですね」と、わざわざ持って来てくれたのには驚きました。

 地上職員からCAへのバトンリレーで、見事な応対に感動を覚えました。こうしたお客様との何気ない会話のなかから、大切な情報をバトンでつないでいくことで感動サービスが生まれるのです。

 しかし、常にバトンリレーが上手くいくとは限りません。国内線でも座席クラスによっては、食事が提供されます。しかし、私は機内ではなるべく睡眠を取るようにしていますので、ほとんど食べることはありません。

 飛行機が到着すると、出口に急ぐお客様の間をCAが逆行するように歩いてきます。どうしたのだろうと思っていると、私の前で立ち止まり「お休みのごようすでしたので、機内サービスを控えさせていただきました」と声を掛けてきました。それが出口に向かう人たちの迷惑になっていると気づいた瞬間、本当に恥ずかしくなりました。「それだけのためにわざわざ声を掛けに来てもらわなくても結構です」と何度かお願いしましたが、バトンリレーは上手く行っていなかったようです。

 休んでいたお客様に声を掛けなければ、「何もサービスをしてくれなかった、と苦情がくるかもしれない」。そのために声を掛けているように感じました。ところが、別の航空会社では、座席に着くと同じようにあいさつにきますが、そのときに食事についての質問があります。「おそらく寝てしまうと思うので、食事は結構です」と伝えると「ではお目覚めのごようすでしたら、お声を掛けさせていただきますね」と、はじめに声掛けをする仕組みと行動があります。そうすればスムーズなサービスも提供できます。

 寝ていたお客様への声掛けを、仕事としたらいけません。その行動の目的は何かを考え、どのような行動が最もお客様に喜ばれるものかを考える。いつもの行動が正しいとは限らないと、常に疑問符を持ちながらお客様と向き合いましょう。



第97回:平成31年2月1日掲載

良いお客様になることからはじめましょう

~感じる力の差~

 大好きなホテルのバックヤードを見る機会があり、案内時にホテルスタッフだけが利用する地下通路を歩きました。通路の壁に1つのコーナーがあり、スタッフがそこで立ち止まり、目を輝かせると聞きました。

 そこには、お客様からのお礼状がたくさん張り出されていたのです。なかには、私からのメッセージもありました。「西川さんのメッセージはみんな楽しみにしています」。実は泊まるたびに、お礼のメッセージを部屋に残していたのです。

 きっかけは、部屋に置かれたメモ用紙でした。一般的な部屋のメモ用紙ではなく、1枚1枚が独立して専用の箱に入れられていました。少し厚いはがきサイズで、原稿用紙のような升目になっています。手にしたとき、その日は特別にうれしい接客を受けたので、早速メッセージを部屋に残しておくことにしたのです。

 働く人たちの小さな励みになるのであればと思い書き続けてきました。次に宿泊したとき、メッセージに対して支配人からのメッセージが部屋に置いてありました。それから宿泊のたび、支配人と交換日記のようなやり取りが続いています。

 今では、ほかのホテルに宿泊したときもメッセージを残すようにしています。この用紙がお礼を書き残す行動のきっかけになったのです。恐らく、普通のメモ用紙だったらそういう気持ちにはなれなかったと思います。

 ふつう顔晴っているスタッフにお礼を言いたくても、その場だけで終わりがちです。礼状を後日送ることもできますが、礼状を書く習慣のない人には、敷居が高いかもしれません。小さなお礼の言葉を書き残せるような仕掛けが、スタッフのやりがいになるなら、すぐに実践すべきです。もちろん、書いてもらって励みとするだけではなく、この支配人のように、メッセージへのお礼もちゃんとすることがお客様との絆を強く結ぶことにつながるのです。

 また、私たちはサービスを提供する側の人間かもしれません。しかし、消費者としてサービスを受ける側になったときに何ができるでしょうか。悪いところばかりに目を向けるのではなく、良い行動を発見できる意識を持ちましょう。その行動こそが、お客様をお迎えし、感動してもらうための新しいおもてなし行動に気付かせてくれるのです。

 おもてなし力を高めるには、良いサービスを体験することです。ただ、良いサービスを受けていても、それを良いサービスと感じ取れる人とそうではない人がいます。これは感じる力の差です。感じる力は良い行動に意識を向ける日ごろからの努力で養われるものなのです。毎日1つの良いサービスの発見からはじめましょう。



第96回:平成31年1月1日掲載

人が集まる職場づくり

~サービス業の価値は~

 サービス業の価値は「人」で決まります。「人」を育てるには、時間もコストもかかりますが、人に依存するビジネスも、働き方改革によって難しい時代になってきました。ただ、これを言い訳に人を育てることから逃げてはなりません。

 先日に伺った旅館では、人が価値を創造すると強い決意を持ち、大卒の仲居さんを積極的に採用して、この10年間で平均単価を2倍にしました。しかも、採用エントリーは5~10人に対して、250~300人の応募があったということです。人が活躍できる環境を創造できれば、働きたい人を集めることはできるのです。

 先日、東京でのセミナーを終えて帰阪するときに、スタッフが東京駅で土産品を買いました。冷蔵だったので、帰りに必要な時間の保冷剤をお願いし、新幹線の出発までの待ち時間で、他の店も見て回ろうと考えていたとき、店員から「もしほかに行かれるのでしたら、お帰りまで冷蔵庫でお預かりしましょうか」と、驚くような提案をしてもらったそうです。

 2、3時間の保冷材は無料で、それ以上は有料が普通です。保冷バッグも有料です。この店もそれは同じようでしたが、一旦買った商品を、店で預かってくれることは、ほかではありません。

 仮に、預かりをお願いしても、まず断られます。ただお客様は、まずお目当てのものを買って、残りの時間でほかに良いものがないかを探したいのです。ほかを見ていて、時間が無くなり、お目当てを買えなくなることだけは避けたいわけです。

 だから、冷蔵品と分かっていても、重い荷物とともにそれを持って、他の店を見て回っているのです。このお店の店員は、お客様が自社の商品を一番に買ってくれるうれしい想いを受け止めて、提案をしてくれたのです。

 「そんなことをしたら、冷蔵庫がいっぱいになってしまう」「取りに来られなかったらどうしよう」「忙しいときに取りに来られても困る」「取り間違えてお渡ししてしまったら…」など、私たちも同様に起こるかもしれないリスクを一生懸命に考えて、手間の掛かることから逃げようとしていないでしょうか。

 やると決めて、リスクに対応する術を考えた方が楽しいのではないでしょうか。ビジネスの目的は、創客にあります。一瞬の出逢いであったとしても、その出逢いの中に感動を創り出せれば、またあなたに逢いたいという方を呼び寄せることができるのです。

 こうしたお客様を創り出していくために、不満を与えないそこそこの満足度を提供するより、一度の出逢いで次の来館を決定づけるようなサービスを考えて実行する「考動」できる環境が、働きたい職場を生み出すものなのです。

 



~おもてなし講演の中でも、これらの体験事例が登場します~

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