コラム「もてなし上手」バックナンバー

<2015(平成27年)連載分>


第59回:平成27年12月1日掲載

「あなた」をお客様の記憶に~「またこの人に逢いたい~

 「あなた」はお客様の心に残っていますか。ある日、ホテルから駅まで約10分の距離をタクシー利用したとき、ドライバーから「飴をどうぞ」と声を掛けられました。ホテルの室内が乾燥して、少しのどの調子が悪く、咳をしていたのです。

 「じゃ、ひとついただきますね」と飴を取ると、「もっと取って下さい」と勧める。「大丈夫です。ありがとうございます」。そんな会話をして、ひとついただいて口に入れました。すると、「ゴミはこちらにどうぞ」と声が掛かりました。ふと見ると運転席と助手席の間に、小さな少しくたびれた箱が置かれていたのです。「これは?」と思わず聞くと、「お父さんの仕事の役に立ちたい。お父さんのお客様に喜んでもらいたい、と娘が作ってくれたんです」と嬉しそうに話してくれました。その笑顔に心が本当に温かくなりました。「お嬢さんは、おいくつですか」と聞くと「25歳になりました」。想像していたより、結構大人だと思っていると、「10年ほど前に作ってくれたんです」と言われ、その瞬間に胸がいっぱいになりました。

 10年も使っていたら、それはくたびれてもくるでしょう。しかし、そのときに私の心を満たしたものは、お嬢さんの想いと、その娘の想いを大切にする父の愛情でした。

 10年間も大切に使い続けている想いに、自然と涙があふれて来ました。思わず、写真を撮らせて下さい、言うと「嬉しいな。初めてですよ。娘も喜びますよ」。わずか10分のドライブでしたが、最幸の時間となりました。一生懸命にサービスを実行し、お客様に喜んでもらいたいという想いを伝える。それだけがおもてなしでは決してありません。むしろ、真のおもてなしとは「また来たい」ではなく、「またあなたに逢いたい」というお客様の心の中に「あなた」を残すことなのではないだろうかと感じた瞬間でもありました。

 東京ステーションホテルの廊下は300mを超える長さです。客室案内は、この長い廊下をお客様と共に歩きながらいろんな話をします。お客様を歩かせてしまうデメリットとして捉えるのではなく、お客様と会話が楽しめる時間として捉えているのです。私はこの時間が大好きで、廊下の写真の説明を受けたり、宿泊客の物語を聞かせてもらうこともあります。素晴らしい笑顔、教育された言葉使いと身のこなしがそこにあります。

 記憶に残らないスタッフが多い他のホテルと違い、このホテルスタッフの笑顔は、歩きながらの会話と共に私の記憶に残るのです。そして「またこの人に逢いたい」と思うのです。そんな気持ちをお客様に残すことがおもてなしの目的なのです。

 



第57回:平成27年10月1日掲載

「つながり」を創るおもてなし経営~おもてなしのバトンリレー~

 それは、とても充実した素敵な滞在となりました。先日、初めて宿泊したホテルでのことです。スタッフの笑顔に迎えられチェックインし、心地いい会話をしながら客室へ。荷物を置いて館内で食事をしようと、レストランに向かっていると声を掛けられました。レストランの場所を聞くと、予約の有無を尋ねられ、「していない」と応えると、「混んでいたらご迷惑をお掛けしますので、ラウンジ(宿泊者用の無料)で少しお休みになってお待ちください。空席確認してご予約させていただきます」と直ぐに対応してくれました。

 食事も大変美味しく、また心地好い食事時間でした。食後に館内を歩いていると「お手伝いできることはありますか」と声を掛けてくれます。チェックアウトのときも「御予約のタクシーが到着するまで、ラウンジでお休み下さい」と声を掛けてくれました。タクシーが到着すると、スタッフが先にカバンを運んで、タクシーの前で待っていました。

 「お荷物はトランクに入れてよろしいですか」。いつも1人でタクシーに乗るときに、客席内に荷物を入れることを知っているような完璧な対応です。そして、乗ったタクシードライバーには「○○まででよろしいですね」と行く先まで伝わっていました。さらに、タクシードライバーの一言にも驚きました。「傘のお忘れはないですか」。降りるときに掛けられたのではありません。乗るときに降っていた雨が上がり、忘れがちな傘を気遣っての一言です。

 おもてなし力のあるホテルは、素晴らしいタクシー会社とのお付き合いがある。私がクライアント企業と目指す「おもてなし」のバトンリレーです。館内だけではなく、その後まで、できる限りの気配りをすることこそが大切なお客様を守ることになる。正にその事例でした。このホテルでの何人ものスタッフの行動が、感動的な時間を私に提供してくれました。「また来たい」という想いを持たせてくれる素晴らしい対応の数々でした。

 しかし、ぞの素晴らしい行動を取ってくれたスタッフの誰一人として、私の名前を知らないのです。お礼状を書くこともできません。

 折角素晴らしいサービスが提供されたにも関わらず、そのスタッフとつながることができなかったのです。お客様とのつながりこそが、「○○さんに逢いに行こう」という次の利用の「きっかけ」を生み出す。

 逆の言い方をすれば、この「きっかけ」を創らずに終わる接客を繰り返しているから、次の来館もお客様任せの偶然に頼らなければならないのです。名刺は次の利用を必然に変える「つながり」を創る大切な営業ツールなのです。



第56回:平成27年9月1日掲載

素の姿も見られています~「あの方だったらいいのに」~

 7年前の感動光景です。それまで、大阪や東京でJRの出張切符を買う機会は数多くありました。何の疑問もなく、毎日の出張切符を求めていたのですが、7年前のJR博多駅で、その当たり前の風景が大きく変わったのです。

 混み合う「みどりの窓口」で、いつものようにJR切符を買うため並んでいると、大阪や東京などで見ている窓口の風景との違いに気付きました。驚いたのは接客が終わったあと、次のお客様を呼ぶときに「みどりの窓口」のスタッフが立ってお客様を迎えていたのです。

 それは、今までただの一度も出逢ったことのない光景でした。窓口係は、行き先の切符を端末機で取り、発券しなければなりません。発券する機械は、低い位置にあるために座って操作をする。だから、ずっと座りっ放しというのがそれまでの当たり前の光景だったのです。

 ところが、JR博多駅では切符の発券が終わると、立ち上がってお客様に切符の説明をして、立ったままで次のお客様を迎えるという仕事の流れが、ごく自然なかたちで行われていることに感動を覚えたのです。

 それ以来、「おもてなし行動」の一例として講演、研修などで話をし、JR各社の研修でもその事例を伝え続けて来ました。それから数年経ち、私の出張エリアの東京・浜松町駅や広島駅でもその光景を見かけるようになりましたが、それ以外では、見かけることはありませんでした。

 しかし最近、JR新大阪のみどりの窓口でその光景に出逢ったのです。

 7人のスタッフ全員が立ち上がってお客様をお迎えしていました。ていたのです。喜んで順番を待っていると、次の目標が見えて来ました。

 それは、立ってお客様を迎えるスタッフを見て私が考えていたのは、ごくごく自然に、「あのスタッフに当たったらいいのになぁ~」との思いです。1人のスタッフを注目しました。他のスタッフと違い、立って迎えるだけじゃなく、お客様と会話する時に見せる「笑顔」でした。

 当たり前のことですが、輝くような「笑顔」の素晴らしさに力を感じたのです。立ってお客様を迎えたら良いのではないのです。誰から買っても切符は料金も同じです。でも、「さぁ!これから出張に行こう」、あるいは「帰ろう」というとき、切符と一緒に「元気」をもらえる。「あの方だったらいいのになぁ~」と、知らず知らずのうちに持った想いこそが、「おもてなし」を受けたものが抱く感情なのではないでしょうか。

 お客様と向き合うときだけではなく、作業をしている素の姿も、常にお客様から見られていることを忘れてはいけません。



第55回:平成27年8月1日掲載

受付電話が現場でのおもてなしの価値を引き上げる

~電話応対でリピーター創造~

 「○○さん、いらっしゃいますか」。それは、はじめてご予約をいただき、到着されたときに、お客様が旅館の玄関で発した言葉です。「○○は、私ですが」。「あなたでしたか。あなたにお逢いしたくて、楽しみにしていたのです」。

 おもてなし講演をしているときに、「もっとおもてなしを学びたい」という方々に招かれて、その後数回の勉強会を開催しました。「実行が大切です」「小さな成功体験を積み重ねるためにも、次回までに何を実行するかを宣言して下さい」と進めた勉強会でした。

 そのなかで、旅館の若女将が発表された成功事例があります。1回目に「お迎え時のおもてなし」について、お客様と初めて出逢う予約時の電話応対が、とても大切であると話しました。単に予約を受けるために必要な要件を伺うのではなく、「会話を楽しみましょう」と伝えました。

 普通は効率化のために、長電話を禁じる傾向があります。私は逆にそれが「おもてなし行動」として、非常に大切な行動だと思っています。掛かって来た電話は、たくさんの競合旅館のなかで自館を選び、勇気を出して掛けて下さった大切なお客様との接点です。そこにどんなに丁寧な応対があっても、必要事項しか聞かない事務的なものであってはならないのです。

 若女将は予約の電話を取ったとき、一生懸命にお客様情報を聞き出そうと話をしました。その電話にお客様は好印象を持ち、出かける前から一刻も早くこの方に逢いたい、という気持ちになられ、冒頭の会話になったものと思います。

 この素敵な事例の本当の価値をお分かりいただけますか。これから始まる数々の「おもてなし行動」。チェックインの手続きから、客室案内。そして、食事・・・。一生懸命に「おもてなし」を考え、最幸のサービスを目指すために日夜努力し、その行動を高めて来られたことと思います。その行動が同じであっても、初めに良い印象を持った方とそうでない方の受ける印象には大きな違いがあります。

 「あなたに逢いたかった」。そう言って来て下さった方には、すでに高い位置からサービスを受けていただくことができるのです。予約の電話は、その最前線です。宿に到着される前からわくわくした気持ちでお迎えできれば、全体の満足度は数倍に高まるのです。

 私の大好きなレストラン「カシータ」は、この電話を創業当初、「20分切るな!」と指示されたそうです。その結果、「予約がなかなか取れない」と言われる伝説のレストランを創り出したのです。効率化は通話時間を単に短くすることではなく、リピーターの創造をより確実にする電話応対こそ、真の経営的効率化の実現なのです。



第54回:平成27年7月1日掲載

「おもてなし力」の高め方~「感じる力=おもてなし力」~

 「どうすれば『おもてなし力』は高まりますか」という質問をよく受けます。「おもてなし力」とは、「感じる力」でもあります。先日、クライアント企業をスタッフと一緒に伺ったとき、現地で合流した我が社のスタッフからこういう話がありました。

 お昼を挟んでの移動だったので研修会場に向かう車の中で、クライアント企業のスタッフから「研修まで時間はありますが、お昼は食べられましたか」と質問されたそうです。昼食をゆっくり取るだけの時間はなく「コンビニがあればパンでも買いますので、立ち寄ってもらえますか」と答えました。

 すると、企業スタッフから驚くような質問が返って来たのです。「コンビニは幾つかありますが、指定はありますか」と。この事例には両者の「感じる力」の素晴らしさがあります。最近のコンビニはパンに力を入れていて、人によっては好みのコンビニがあるかもしれません。ただコンビニに立ち寄るのではなく、好みのパンを買ってもらうように配慮して頂いたのです。そして、その質問に何気なく「どこでもいいですよ」と聞き流すのではなく、企業スタッフの「おもてなし力」を感じ取った我が社スタッフにもうれしく思いました。いかにすればこうした「おもてなし力」を高めることができるのでしょうか。

 翌朝、そのクライアント企業の朝礼に参加しました。そこでは私の著書『感動サービスを翻訳する!』の読み合わせが行われていました。毎朝、1つのコラムを交代で読み、それに関してどのように感じたかをお互いに発表し合っているのです。

 我が社でもまったく同じことを創業以来続けています。私のブログを読み合わせしてもらっています。「感じる力」とは持って生れた感性とは別に、こうした「おもてなし事例」の中にどっぷりと身を置くことで育てることができるのです。

 年に2回開催の「おもてなしセミナー」に毎回参加される方が多くいます。その方々は、「半年に一度、自分の感性が高まったかどうかを確認に来る」と言われています。セミナーには初参加の方も多く、大切な話は何度も繰り返します。それを同じ話だとしか感じられなければ、前回から半年間に成長がなかったこと。自分が成長していたら、同じ話からでも別のものを得ることができるはずです。

 自分の成長を確認し、さらにステップアップするためにセミナーに来る。そして、聞くだけではなく今度は自分の事例を話すことが大切です。話すためには事例をキャッチしなければなりません。また、まとめて話さなければ相手に伝わりません。この伝えるためにまとめる行動が「感じる力=おもてなし力」を飛躍的に高める方法なのです。



第53回:平成27年6月1日掲載

聞くからできる奇跡のおもてなし~「お客様を知りたい」気持ち~

 年に2回開催している「おもてなしセミナー」の中で、今年1月の金沢会場に参加した宿の方から、お手紙をいただきました。そこにはご本人が実行したおもてなし行動の事例が書いてあり、読み終えて思わず涙してしまいました。

 あるとき、宿泊の予約をいただいたお客様から、嫁いでいく娘さんとの最後の家族旅行であるという話があったそうです。そこで何かできないだろうかと考えて、ご宿泊のときに家族写真を撮ることにしたそうです。

 そしてチェックアウト時に、撮った写真を2枚用意して「1枚はご家族へ。もう1枚は娘さんへ。嫁ぎ先でも楽しかったこのご旅行と大切なご家族を思い出せますように」と、そんな言葉を添えて渡されたのです。

 その写真を受け取った家族は、「こんなサービスをしてもらったことはありません。ここまで私たちのことを考えて下さってとても感動しました」と、その場で声を上げて泣き崩れてしまったそうです。

 私はどんなに教育の行き届いたサービスがそこにあっても、こんな感動風景を創り出すことはできないと思います。実現する方法はただ一つ。均一的に優れたサービスを目指すのではなく、それぞれのお客様の琴線に触れるおもてなしを実行することです。

 決して簡単なことではありません。その理由は、十分にお客様のことが分かって迎え入れようとしていないからです。お客様のことを知りたいという想いを強く持って、その想いを聞くという行動で実行する。どんな旅行なのだろうか、何を楽しみにお越し下さるのだろうかなどです。

 旅館・ホテルという私たちの仕事は、部屋を提供して、ゆっくりと温泉に浸かっていただき、美味しい料理を食べていただくことではないのです。それは「もの」でしかありません。「もの」である以上、最終的には価格の比較になってしまうのです。

 何気ないお客様の言葉をちゃんとキャッチすることが「感じる力」であり、その言葉を活かすべく取る行動が「おもてなし力」なのです。

 さらに、1年後に楽しかった旅を思い出し、再び足を運んでもらえるようにすることが「おもてなし経営」を実現する力となるのです。

 この3つの力の向上があってこそビジネスなのです。

 よいおもてなしができたらお客様はリピートするのか。それはあくまで偶然です。その偶然を我々の行動によって必然に変えることです。再来館のきっかけとなるような機会を創出して、能動的な働きかけによってリピーターを創って行くことがおもてなし経営をするということなのです。



第52回:平成27年5月1日掲載

おもてなしで「創客」を~若者の勇気ある行動に感動~

 終電近い山手線の車内で、思わず涙が出てくるような光景に出逢いました。大きな紙袋を持った人と年配の2人連れが、次の駅から乗車して来ました。途中駅で1人が降車する時に、大きな紙袋を年配の人に渡しながら、小さく一言「長い間ありがとうございました」と声をかけていました。その紙袋から少し見えたのは花でした。おそらく受け取った人の年齢から想像して、定年を迎えた人ではないかと思います。「ありがとう」と言って降りる人にお辞儀をして見送っていました。座席に座ると、大切そうに紙袋を抱えじっと目を閉じていたのです。

 いくつ目か停車駅で、年配の人の隣に座っていた若者が席を立ち、降りていく時にかけた一言が、周りの雑音のすべてを越えて聞こえました。

 「お疲れ様でした」。見ず知らずの若者から突然に声を掛けられ、その人は驚いた表情を見せましたが、すぐに「ありがとう」と答えていました。

 その後に電車が動き出すと、その人が向かいに座る私にもはっきりと聞こえるくらいに声をあげて泣き始めたのです。そのようすは決して恥ずかしい姿ではありません。逆に、「かっこいい」と思いました。

 一生懸命に“顔晴って”来られた人だけに許される、涙のように思えたのです。一瞬の出来事でしたが、とても温かい空気がそこには流れました。

 「お疲れ様でした」、そして「ありがとうございました」。「新しい人生がさらに素敵で幸多き事を願います」。そんなことを想いながら、電車を降りて行った若者の言葉を掛ける勇気に感動してしまったのです。

 私たちは常に仕事に一生懸命です。昨日より今日、今日より明日。そのスキルを磨きあげ、より上手く業務をこなすこと、お客様に喜んでもらうために仕事の質を上げることに一生懸命です。しかし、目の前にいるお客様がちゃんと見えているのか。そのお客さまを「個」と捉えたおもてなしに真剣になっているのか。その若者の勇気ある行動が、自分自身もドキッとするくらい、自問自答することを突き付けられたような感を覚えたのです。

 一生懸命に仕事をすることと、おもてなしを実行するということは別なのです。仮に、定年退職のお祝い会を受けたとします。滞りなくその宴席を終えることができて安心していないだろうか。それでは仕事をこなしただけです。「ここでやって良かった」だけではなく、「ここじゃなければ」というところまで提供できたのでしょうか。

 おもてなしで「創客」を考えたときに必要な事は、その方が歩まれて来た仕事人生に興味を持ち、伺うことであなたにしかできない想いを言葉と行動で伝えることなのです。



第51回:平成27年4月1日掲載

地元企業の役割~タクシーはその町の「顔」~

 2015年3月14日、東京-金沢間を結ぶ新幹線がついに開業しました。1年半前に、金沢で「一度の来訪を次につなげるおもてなし」の講演をしました。そして先日「おもてなしセミナー2015in金沢」を開催したとき、素敵なおもてなし行動を体験しました。

 その日は雨で荷物も多いので、スタッフと一緒に金沢駅からセミナー会場までタクシーを利用しました。「近い距離だけど大丈夫ですか」と、恐る恐る行き先を告げると「かしこまりました。○○ですね」と気持ちの良い返事でした。

 感動サービスの体験は、タクシーが目的地に着いたときでした。トランクにはたくさんの荷物。先に降りたスタッフがトランクから荷物を取り出していました。奥に座っていた私は支払いを済ませて、さぁ、出ようとしたその瞬間に、その感動に出会いました。

 みなさんも経験があると思いますが、タクシーの運転席後方に座ったときは、降りるためにちょっと苦労します。できればそのまま右側から降りたいところですが、多くのタクシーには事故防止のためにドアを開けるレバーのところにはカバーがされています。仕方なく、身体を滑らせるように左側に回り込むのが、これまででした。

 ところが、そのドライバーは、運転席から出た瞬間に何の迷いもなく「こちら側からの方が降りやすいですから、どうぞ。」と右側のドアを開けたのです。セミナーが終わり、会場から金沢駅まで乗ったタクシーでも、駅に着いたときにもまったく同じ行動が実行されたのです。

 駅で待つタクシーはその町の顔です。ところが残念ながら、おもてなし力が高い会社は、駅でお客様を待たなくても地元のお客様から配車の依頼が入って来ます。駅でお客様を待つタクシーを配車できないくらいにです。地方のタクシー会社はそれを目標にがんばっている会社がたくさんあります。地元客を第一優先に考えるのは当たり前です。次がいつになるか分からない観光客ではなく、地元に暮らす人たちに利用してもらえれば経営も安定します。これは正しい営業戦略です。

 しかし、今回のドライバーの仕事を見たときに強く感じたのは、そのまちの発展を考えたとき、駅待ちタクシーが用意できないでは、観光客にそのまちのおもてなしは伝えられないのです。地元で評価される企業こそが、そのまちの代表としてその地に降り立つ方々へのおもてなしをしっかりと実行してもらいたい。タクシーはその町の顔です。美しい顔を観光客に見せることこそが地元貢献ではないでしょうか。「また来たい」と思ってもらえる観光客を創り出すこと。観光客を最初に迎えるタクシー会社こそが、鍵を握っているのです。



第50回:平成27年3月1日掲載

偶然の出逢いを次の必然に~宿のスタッフと知り合いに~

 日々訪れる多くのお客様の入口は、どこにあったでしょうか。直販に力を入れなければいけない、という考え方に間違いはありません。しかし、現状の集客を考えた時に、旅行会社経由が多いという現実があります。

 直販を強化するには、お越しいただいたお客様一人ひとりを、いかにして次につなげていくかにあります。つまり、旅行会社経由で訪れた偶然のお客様に、自分たちの力で次の必然を創り出すかにあるのです。

 ところが、私の経験として仕事で訪れたとき以外に、一般の旅行客として旅館・ホテルに宿泊したとき、スタッフから名刺をもらうことはまずありません。満足な滞在さえ提供できれば次があるという甘い考え方は捨てて、真剣に次の必然を創り出す努力をしましょう。

 「西川様、直ぐにお部屋にご案内させていただきますが、もしお疲れでなければ少し館内のご案内をしたいのですが」。この素敵な申し出をしてくれたのはアマン東京でした。限定オープンということかもしれませんが、このわずかな時間の案内で、アマン東京は次の必然を生み出したのです。

 エステ、フィットネス、プール、スパと案内される場所には、入口でスタッフが待っていて、そのスタッフから「西川様、ようこそアマンへ」と声をかけられました。皆さんが私を「西川」と認識していたのです。

 その仕掛けはインカムで受けて、迎える準備をしていたのですが、通常接客の機会の多いフロントや客室係以外に、すべてのスタッフにお客様の動きと情報が伝達され、それをスタッフがキャッチすることに真剣に取り組んでいる姿は、声をかけられる以上にうれしく、名前を呼ばれる心地よさを感じていました。

 さらに本当の感動サービスはその後にやって来ました。「スパの担当をしているケンです」と、私を案内したスタッフがそこにいるスタッフ一人ひとりを私に紹介したのです。年間に多くのホテル、旅館を利用していますが、こうした体験は初めてでした。

 たった1度の宿泊でたくさんの知り合いができる。「また来たよ、よろしく」と気軽に声をかけられる施設には自然と足が向くものです。目の前のスタッフがどれほど素敵なおもてなしで迎えたとしても、その方達だけの出逢いであり、知り合いと呼べるスタッフを得ることはできません。

 たった1度のお客様からいただいた偶然の機会を最大限に活用して、より心地よい時間を過ごしていただくだけでなく、次にお越しいただくときにはたくさんの知り合い、友に逢いに来るという気持ちにさせる。これこそが次の必然を生み出すのです。



第49回:平成27年2月1日掲載

正しく価値を伝える~お客様に知られているか~

 皆さんの通勤途中に「判子屋」はありますか。こんな質問をセミナーや講演会でよくしました。経営者や最近判子を購入した人以外で即答できる人は、非常に少ないです。「普段の生活に直結しないから興味がない」というのが理由でしょう。

 では「花屋はどうですか」と聞くと、「あるよ」とうなずく人は結構多いです。花は四季を教えてくれます。カーネーションが店頭に並べば「もうすぐ母の日だ」、ポインセチアは「もうすぐクリスマスだ」と感じる。ところが、そんな花屋でも、「その花屋の名前は」と質問すると、首をかしげる人が多くなります。

 花屋にも屋号はあります。他店とは違う「想い」を込めた名前が。しかし、残念ながら一般消費者の意識は薄い。名前すらお客様に知ってもらえていない店が、残念ながらあるのが現実なのです。「いや、うちはそんなことは無い」と自信をお持ちの方も当然いらっしゃるでしょうが。

 私の実家は、合併するまでは人口6万人弱の町でした。いくつもの旅行会社が多くの旅を募集しています。母親は仲の良い友人と年に4、5回は旅をしていたようです。帰省したある日にそんな母親宛に、いつも利用している旅行会社からダイレクトメールが届きました。

 うれしそうに封を開ける母に「いつもその会社を使っているの」と聞くと、「そうだ」という答えでした。

 そこで「その旅行会社は良いの」と聞いてみると、「悪くないよ」と言うのです。「悪くないということは、良いの」と、もう一度聞き返してみると、少し考えて「まあまあだ」と言います。決して、「良い」とは言わないのです。

 「良くないのなら、他に良いところはあるだろう」と尋ねると、「知らない」と答えました。

 母が言った「知らない」という言葉を考えてみました。「知らない」はまず、他の企業の存在そのものを知らない。次が他も知っているが、そこが信頼に値する会社かどうかを知らない、ではないでしょうか。

 企業がまず考えなければいけないのは、「ここに私たちが居ますよ」と、しっかり認識いただくことです。次に、信頼を得るために、他との違いを明確に伝える。「買い物に失敗したくない」というのは消費者の誰もが抱く思いです。

 その会社が信頼できるかわからなければ、「良い」かも知れないが、「悪い」かもしれない企業と付き合うより、「まあまあ」の失敗のない会社と付き合い続ける。企業はお客さまにどのように認識され、知ってもらえているか、もっと興味を持つべきです。そして、「他との違い」を正しい言葉で伝えていかなければならないのです。



第48回:平成27年1月1日掲載

日本一家族写真を残す観光地「自撮り棒」増加は赤信号~

 それを目にしたとき、思わず笑ってしまい、次の瞬間には悲しくなってしまいました。以前からそれは目にしていたものですが、先日京都を訪ねたときに、その多さに愕然としてしまったのです。

 「自撮り棒」というスマホを先端にセットする棒で、すでに多くの人たちに認知された商品です。カップルやグループ、そして、外国人観光客がこの「自撮り棒」を使って写真を撮っています。これが今の観光地の当たり前となりつつある姿です。

 確かに昔から三脚や自動タイマーといった自撮り商品、機能は有りました。しかし、デジカメが軽量、薄型になり、スマホが主流となった今、「自撮り棒」が観光地の風景を変えようとしています。

 以前、娘たちと昔の家族旅行の写真を観ていた時のことです。「このとき、パパは行かなかったんだね。だって、写っていないもん」。ショックでした。確かに私の写った写真は1枚もありません。新しいカメラだったので、旅行の全ての写真を私が撮っていたのです。それ以後の旅行では、誰かに撮ってもらおうかと考えましたが、シャイな私にとって、それは非常に勇気のいることでした。断られたらどうしよう。嫌な顔をされるかもしれない。たぶん同じように考えて躊躇する方も多いのではないでしょうか。そうした意味で確かにこの「自撮り棒」は画期的で、ニーズに応えた素晴らしいアイディア商品だと思います。そして何よりも便利で楽しい商品です。しかし、これで本当に良いのでしょうか。商品を否定するつもりはありませんが、おもてなしが叫ばれるなか、観光地においてこの風景を当たり前にしてしまってよいのでしょうか。

 20年以上前から観光地や施設にお願いをしていることがあります。それは、「家族全員の笑顔を一枚の写真に残せ!」です。4人の家族旅行で、撮影者の誰かが写っていない3人だけの写真ではなく、4人全員の笑顔の写真を家族に思い出として残す。ここに徹底的にこだわってもらいたいのです。

 「シャッターを押してもらっても良いですか」と、気軽に声を掛けられない環境。それ以上に「撮りましょうか」と温かく声をかけるおもてなしの心を持った「人」がたくさんいる観光地でなければなりません。その観光地の「おもてなし」度を表すバロメーターが「自撮り棒」の数です。みなさんの町に、「自撮り棒」が増えてきたら、それは赤信号だと認識しなければなりません。写真は背景によっては、カメラを縦にするちょっとした手間を忘れないで下さい。4人の笑顔が写っていても背景が切れてしまってはせっかくの写真が台無しです。このひと手間こそが、最幸のおもてなしなのです。



~おもてなし講演の中でも、これらの体験事例が登場します~

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