コラム「もてなし上手」バックナンバー

<2014(平成26年)連載分>


第47回:平成26年12月1日掲載

「進歩」を「進化」に~「当たり前」をやり続ける~

 自分の役割である仕事を覚える時期があります。その仕事をよいサービスへと「進歩」させる。そして、その仕事をさらに極めるために努力して高め続ける。しかし、やがてその限界に気づくときが来ます。これ以上どうすればいいのかと。そのときが、「進歩」から「進化」に変わるときなのです。

 昨日のやり方をさらに高めるのではなく、まったく新しい視点から目の前の仕事を見つめるときです。例えば、あなたがレストランのフロアスタッフだとします。初めてその仕事を任されました。やったことはありません。その瞬間から覚えなくてはならないことがいっぱいあります。

 メニューをはじめ、お皿の持ち方、運び方、提供の仕方などなど。一通りの業務が滞りなくできるようになると、今度はもっとカッコよくスマートに、そしてスピーディーに提供したいという段階に「進歩」します。そして、いつしかお客様からもたくさんのお褒めの言葉をいただき、気がつくと他のスタッフのモデルとなり尊敬され、目標とされるスタッフへと「進歩」していきます。毎日努力をしてきた結果ですが、ここが分岐点です。その場所で得意になってとどまり、それ以上前に進まない人。もう一人が、「まだまだ」とお客さまに喜んでもらうことをひたすら考え、悩む人です。悩み続けていると、あるとき、それまで見えていた風景が、靄が晴れるかのように一瞬にして変わるときが来ます。

 その人は、目の前のサービスを極めることではなく、またお客様に喜んでもらうことを考えるだけでもなく、「あなたに逢いに来たよ」「あなたがいるからまた来たよ」というまったく違う成果の元に仕事を楽しむという「進化」を迎えるのです。「進歩」の先に「進化」があります。その「進化」の時を少しでも早く迎えるために人は、目の前の仕事を一生懸命に、そして愚直に取り組むのです。毎日の「当たり前」をバカにしないでちゃんとやり続ける人だけに、「進化」のチャンスが訪れるのです。

 あるパーティーに参加したとき、その店を出た私を追いかけて来た人がいました。私はホストでも、メインゲストでもありません。ただの一参加者でした。その方は「今日はありがとうございました。また是非お越しください」と名刺を出したのです。その名刺に書かれた肩書きを見た時に感動しました。店長でもマネージャーでもない料理長と書かれていました。美味しい料理を作ることで、お客さまをリピートさせる。手段の進化をそこに見たのです。料理長が得た一顧客データではありますが、DMにはこれまでとまったく違った成果を出すものとなるのではないか。そこに進化した仕事の価値があるのです。



第46回:平成26年11月1日掲載

目の前のお客様を守る~本気でお客様を守れるか~

 ホテルのルームキーは、最近カードキーが多くなりました。ある時、二つ折りの厚紙でできたキーホルダーにキーを入れてチェックアウトをしました。フロントでキーを抜き取り、機械に通して顧客データを呼び出します。そして「冷蔵庫のご利用はありませんか」と聞かれ「ありません」。「では、お支払いはすでにいただいておりますので、とくに追加の精算はございません。ありがとうございました」。これでチェックアウト終了です。

 ところが、実は返したキーホルダーの中に時間がなくて食べられなかった朝食クーポンが入っていたのです。フロントの担当者は、それをケースから取り出す行動が次にあったのです。しかし「朝食はこれからですか」といった声すら掛けられることは、ほとんどの場合においてないのです。

 食べる、食べないは確かにお客の勝手です。しかし、わざわざ料金のかかる朝食付きプランで予約していたお客が、朝食クーポンを使っていないのです。予約は数日もしくは数週間前ということもあります。チェックイン時の説明が不十分で、お客も朝食付きのプランで予約を入れていたことを、すっかり忘れていたのかもしれません。ではなおさら確認をしないといけないことです。

 あるいは、滞在中に体調を崩したのかもしれません。ひょっとすると、なにか不手際があって気分を害しているのかもしれません。それを知ることもなくお客を帰してしまってよいのでしょうか。

 あるとき、スタッフと上野駅前の店で昼食を摂りました。食事を終えてお茶のお代わりをお願いしたとき、その対応に驚きました。「かしこまりました。お客様はお水のお代わりでよろしいですか」と、一緒に食事をしていたスタッフに声を掛けました。スタッフがお茶に手を付けず、水を半分くらい飲んでいたことを察しての対応です。

 この当たり前と思える対応の出来るところが本当に少ないのです。これこそが個に向けたおもてなしです。もちろん、声を掛けなくても、お茶のお代わりをするところはたくさんありますが、お茶のお代わりを持って来るだけでは真のおもてなしとは言えません。

 その店では隣のお客が食事を終えレジに向かうと、直ぐにスタッフがテーブルにやって来ました。お昼時で混雑し、次のお客のための後片付けかと、そのスピーディーさに感心したのですが、実はそうではなく、「○番テーブルのお客様、お忘れ物ありません」と、インカムでレジスタッフに伝えるメッセージでした。

 「本気でお客さまを守れるか」。何度となく繰り返してきたこの言葉を、現場で実行する姿を見て、本当に感動してしまいました。



第45回:平成26年10月1日掲載

おもてなしには勇気を~おもてなし力を信じよう~

 「おもてなし」講演のときに「あなたがハードな1日の仕事を終えて、疲れた身体で満員の電車やバスで運よく座れた時、目の前に妊婦やお年寄り、怪我をして杖を突かれた人が立ったら、席を譲ることができますか」と聞くことがあります。

 すると、手の上がる数が意外と少ないのです。私たちは幼いころから、そうした場面では席を譲るように教えられてきました。だから、「私だって疲れている。やっと座れたのだから」という風に考える人は少ないはずです。

 しかし実際は、手が上がらない。その瞬間の心理こそが、おもてなし行動をブロックしてしまうものと同じなのです。

 現実でも残念ながら、そうした場面で席を譲ることのできる人は意外に少ないのです。急に携帯電話を触りはじめたり、本を読みはじめたり、寝たふりをしたり、「気付かなかったから仕方がない」という自分自身への言い訳を創り出してしまうのです。

 知人の身重の人に聞いた話では、10回に2、3回席を譲ってもらえば、今日は良い日だったと思ってしまうということでした。これが現実なのです。なぜ誰もが分かっている行動を、その瞬間に取れないのでしょうか。

 それは、はずかしいという気持ちです。声を掛ける勇気が出せない以上に、周りにいる人の目を気にしてしまう。私の質問に手を上げられなかった人も同じです。どんなに代わってあげたい、と思っていてもその想いが伝わらなければ、はじめから無かったものと同じなのです。その伝える行動を、勇気を持って実行することが大切で、その行動こそが正しい「おもてなし」行動なのです。人の目を気にして良いと思う行動が取れないのは、目の前のお客さまに真剣に向き合った接客が出来ないことと同じなのかもしれません。

 もうひとつのサービス行動をブロックしてしまう感情の中には、「どうせ、そんなことをしても無駄だ」という、はじめからその成果をあきらめてしまうマイナスの思考があります。

 あるいは、嫌がられるのではないか。「だって私だったら嫌だから」と、つい言い訳を考えてしまうものです。「自分だったらどう思う」と尋ねられることがあります。でも、それは「if(もし)」です。「if」で語るのではなく、自分と重ね合わせられる事例を持って話さなければなりません。

 目の前に立つ人が友人だったら笑顔で声を掛けますよね。聞こえなかったら、大きな声もきっと出します。気分の優れないときに声を掛けてもらったらどんなにうれしいか。あなたのおもてなし力を信じましょう。そして、その想いを、勇気を持って行動に移しましょう。



第44回:平成26年9月1日掲載

神様との出逢い~親身な対応と温かい言葉~

 携帯電話を持ち始めたとき、電車に携帯を置き忘れてしまいました。携帯電話が手元にない不安と恐ろしさは、何とも言えない感覚でした。新大阪駅で降りてすぐに気付き、駅員に申し出ました。

 その電車の次の停車駅は京都で最終到着地です。「電車内の忘れものは、最終駅でしか確認できない」。それが回答でした。車両も座席も分かっていたので、「すぐにでも車掌に連絡を取って確認してほしい」と言いましたが、「それはできない」ということでした。

 列車が京都駅に到着する数分がとても長く、待っていられません。「京都に行きます」と駅員に言い残して、列車に飛び乗りました。京都駅に到着し、教えられたホームの詰め所に行きましたが、ありませんでした。

 「よく探してもらえましたか。座っていた席は・・・」。言葉を遮るように「這いつくばって探しましたので」との応え。恐らく毎日想像もできないくらい多くの問い合わせがあるのでしょう。そんな一つひとつに、親身に対応できないのかもしれません。悲しい想いで肩を落とし、その場を離れました。

 帰りの切符を買ってから、改札に居る人に聞いてみました。届いていません。「他の改札はどうでしょうか」「さぁどうでしょう。ここでは分かりませんので」。

 「聞いてもらえませんか」とこちらがお願いをしなければ動いてくれない。翌朝、忘れ物センターに問い合わせしましたが、「届いていません」という対応はほぼ同じでした。その後、携帯会社に行きました。「携帯を無くしたのですが」「機種変更ですね」。ここでも事務的な手続き。新しいiPhoneを手にしたときには本当に心からホッとしました。

 さらに、失くして半日たまっていたメールがそのiPhoneに届いたときのワクワク感は今も忘れません。しかし、なぜか登録していた電話番号は戻って来ません。アップル社に行くと、笑顔のスタッフに「予約時間には早いですが、ちょっと聞きたいことがあります。実は携帯を失くして」と話すと、「それはお困りでしょう。大変でしたね。」と親身な対応。その瞬間、涙が出そうになりました。その言葉を求めていた訳ではありませんし、それを聞く瞬間まで、その言葉は私自身の中にもありませんでした。しかし、携帯を失くして話した十数人から、聞く事のできなかったその言葉は、紛れもなく私の心をホッとさせ、温かくしてくれる正に神様の言葉だったのです。「もう一つ不安があるのですが・・・」。「携帯に残されたデータですね」。

 20時間近い時間のなかで、初めて私の気持ちを察知してくれたこの人は、決して忘れる事の出来ない私にとっての神様となったのです。



第43回:平成26年8月1日掲載

「お客様」に真剣に向き合う~「想い」により行動が輝く~

 台風の影響で航空機の到着が遅れ、乗り継ぎの最終新幹線に間に合わず、午後9時半過ぎに急きょホテルに予約を入れました。ホテルに到着したのが午後11時。疲れた私の到着を待っていたのは、気持ちのよい笑顔でのお迎えでした。

 「チェックインの方でいらっしゃいますか?お荷物お預かりします。お名前を伺ってもよろしいですか」。フロントまで案内され、手続きの後、客室案内の人と一緒に部屋に向かうなか、彼が私の一言に大きく反応してくれました。それは、「遅い時間にごめんなさい」「こんな時間まで、お仕事だったのですか」。経緯を伝えると「それは大変でしたね。明日の朝はゆっくりしていただけるのですか」。「いえ、早朝に出発です」「何時くらいですか」そんな会話をして、彼と別れました。

 翌朝、チェックアウトを済ませて振り返ると、彼の笑顔が直ぐそこにあったのです。「深夜に台風の速度が変わって、丁度ご出発の時間に影響が出そうだったので心配をしていたのですが、弱まって良かったです」と、そんな言葉を掛けてくれたのです。

 別のホテルでのことです。ホテルに1台のマイカーが入って来て、車に掛け寄るホテルスタッフのようすを少し離れた所から何気なく見ていました。お辞儀をしてその車を駐車スペースにバックで案内するスタッフ。見事な動きです。何度かの切り返しの後に、その車が駐車スペースに収まりました。

 次の瞬間には、タクシー乗り場に近づくお客さまを見つけて直ぐに掛け寄り、ドアを開け、ホテルを出て行くタクシーへの見送ります。惚れ惚れとするような身のこなしです。任された仕事を一生懸命にこなしています。

 しかしそのときに、マイカー誘導のときから感じていた違和感の正体に気付きました。バック誘導が終わって、タクシーに掛け寄るときには、彼の意識の中に、もうそのマイカーでお越し下さったお客様はなかったように感じていたのです。ホテルを出て行くタクシーにお辞儀をしながら、同様に彼の視線はすでに次のお客様を捉えていました。そして、タクシーに視線を戻すことなく、頭を上げる前に足はもう次のお客様の方に向かっていたのです。

 カッコよく近づいて、スタッフから掛けられる「いつも」の言葉と行動に、私たちは慣らされていたのかもしれません。不満を感じるどころか、その立ち振る舞いに関心していたのです。しかし、台風のことを気に掛け、顔を見かけると同時に駆けつけてくれるスタッフの想い。これに勝る「おもてなし」はありません。お客様に寄せる「想い」の上でしか、おもてなし行動が輝くことはないのです。



第42回:平成26年7月1日掲載

すべては自分自身の思い込みだった~まったく別の土俵創り出す~

 「ちょっと高いね。参加者が少ないと困るから、もっと安くした方が良いよ。」高額のセミナー開催を計画しているとき、友人に相談したらそう言われました。しかし、友人は業界も違うし、セミナーに参加したこともない。ましてや一般的なセミナー参加料金は知らないのです。ではなぜ高いと思ったのか。聞いてみると「お前が高いと言っていたじゃないか」ということでした。ハッとさせられました。すべては私自身の問題だったのです。

 セミナーでは私は自分の体験談、もしくは確認のできたことしか話しません。そのなかでリッツカールトン東京での素晴らしいサービスについて語る機会が多くあります。1泊素泊まり7万円の宿泊代ですが、そこには本当に驚くようなサービスがあるのです。

 ある旅館経営者と話をしていたときのことです。「西川さん、リッツカールトンは確かにすごいよね。でも7万円でしょう。私たちの宿は1泊2食付き1万5千円です。リッツカールトンと比べられてもねぇ~。」実は、この声は本当に多く耳にします。そんなときに私が語るのは、順番の違いです。リッツカールトンは7万円をお客さまからいただくから、あれだけのサービスができるのではないのです。あのサービスがあるから、お客さまは笑顔で7万円を支払い、またリッツカールトンに来たいと思って下さるのです。この順番にこそおもてなし力の向上ヒントがあるのです。

 確かに金額の違いは大きいかもしれません。しかし、1万5千円という販売価格は誰が付けたのですか。それはあなた自身のはずです。そしてこうも付け加えます。思い切って7万円のプランを考えてみて下さい。すると「もし7万円の価格を付けたら、誰も泊ってくれませんよ」と即答で返ってきました。本当に泊っていただけないのでしょうか。誰がそんなことを言ったのでしょうか。誰でもない。それもあなた自身の思い込みです。すべては、自分自身が無理だと決めつけて、他社を羨ましく思っていただけなのです。

 最大限の努力と工夫をしている今の1万5千円で、これ以上のサービスを考え出すより、思い切って7万円のプランをつくってみましょう。その方が、よほど楽しく考えられるのではないでしょうか。そして考え出されたサービスを見直して下さい。きっと、コストをかけなくても、今でもできるものがたくさんあるはずです。おもてなし力を高めるためには、いただくお金が多くなければできないという錯覚から抜け出して下さい。真の差別化とは、他社の価格を意識しながらでは創り出せないのです。まったく別の土俵を創り出す。ここに、おもてなしの楽しさがあるのです。



第41回:平成26年6月1日掲載

2時間後にやってきた感動~「やってみての改善」に価値~

 その日は最終便で福岡へ移動し打ち合わせを兼ねて友人と逢うことになっていました。「めし、まだならホテルの近くでどこか探してみるけど食べない」と電話をして、携帯でバル的な窯焼きピザのお店を見つけました。

 電話で「今羽田空港ですから、伺うとしても2時間後くらいになりますが予約は必要ですか」と聞くと、「その時間なら、大丈夫ですよ」との返事。さらに「折角お電話をいただいたので、お名前だけでも伺わせてもらっても良いですか」と言われ名前を名乗りました。「西川様ですね。ありがとうございます。では、お待ちしておりますので、よろしくお願いします」。

 そして、その感動は2時間後にやって来たのです。その店に到着して「2人ですが、大丈夫ですか」と尋ねると、「ご予約の方ですか」「いいえ、違います」「ひょっとしてお電話をいただいた方ですか」「そうです」。

 すると「ありがとうございます。お待ちしておりました。では、お席にご案内します。」とすぐに席に案内されました。すると、その席にはなんと、ウェルカムメッセージが置いてあったのです。

 お店が開いているかどうかの確認電話をしただけです。しかも、夜遅くに遠く離れた空港からです。本当に来るかどうかも分からない。そんな私をその席とウェルカムメッセージは2時間以上も待っていてくれたのです。ずっとそこに用意されていたのではなく、そろそろ2時間になるから、と置いてくれたのかもしれません。

 しかし、決して暇なお店ではありません。人気店ですので、来るかどうかも分からないお客のことを気に掛けながら業務のできる環境ではありません。でもこうした対応が「当たり前」のようにできるからこそ人気店になったのではないだろうかと私は考えます。

 できない理由は幾らでも作り出せます。そんなことをしたって意味がないと考えられる方もいることでしょう。だから「今」の現状があるのです。思うように集客できない。リピーター創客ができない、といった現状です。あるいは、忙しそうにしているので、それで十分な集客ができていると感じておられるかもしれない。しかし、そこで満足をして本当にいいのでしょうか。もっとお客様にとっての「かけがえのないお店」になれるかもしれないのに。もっと多くのお客様に愛されるお店になれるかもしれないのに・・・・。

 「今」のすべては、自分の日々の行いが創り出しているのです。常に私が真っ先に考えることは、「やる意味があるかどうかは、やってみないと分からない」です。頭で考えて結果を想像するより、やってみての改善にこそ価値があり、次のステージへの扉を開く鍵が見つかるのです。



第40回:平成26年5月1日掲載

最後の詰めがおもてなし行動を活かす~「おもてなし行動」を経営に~

 「お客様のために」と、まるで錦の御旗のように言う人がいます。あるホテルの部屋に置かれていた総支配人からのメッセージカードには、本当にうれしく思い感動しました。いったいどれだけのカードにサインをされたのでしょう。

 別のホテルでは、サインだけではなく筆文字で全文が書かれたメッセージカードもありました。「おもてなし」とは、その方のことを想い、その「想い」を行動に移して伝える行動を言います。その意味で、このカードに込められた想いはうれしく感じました。

 しかし、もう一つ大切なことは「おもてなし経営」です。「おもてなし行動」を経営に結びつけなければ、その行動は、自己満足行動となってしまいます。

 「無駄な行動」とは、その行動を無駄にしてしまっていることに気付かないことです。

 部屋に置かれていたメッセージカードの発信者は総支配人。しかし、私は残念ながら、その総支配人にお逢いしたことがない。ホームページを見ても、どのページにも総支配人のお顔は載っていません。

 ここに書かれた名前の総支配人は、果たして実在するのでしょうか。一枚一枚に本当に直筆でサインをしたのだと信じます。それほど手間を掛けたのに、その時間と手間が無駄になってしまっている。この無駄にした時間が「おもてなし経営」にとって最も厄介なのです。

 本人は良い仕事をしたと思っているかも知れませんが、お客様にはその想いは伝わっていません。良い印象は持っても、次の宿泊の決定にはならない。執務室の中で数字を見ていてもお客様は創造できません。

 旅館の女将さんも本当に大変な仕事を日々されています。毎晩遅くまで宴会場や部屋をまわって挨拶をされます。お客様もきっと喜ばれるでしょう。ただ、朝の出発の時に顔を見せない女将に、ガッカリして宿を後にするお客様は多いのです。

 最後の詰めをしっかりしなければ、それまでの「おもてなし」が無駄になってしまいます。それが残念でなりません。もっと言えば、チェックアウトの時にお支払いをされるお客様がどんな顔でお支払いをされているのか。これを確認しなくて、「おもてなし」の向上などできるはずがありません。

 チェックアウト時に、総支配人が「昨夜はゆっくりとおくつろぎいただけましたか。またのお越しをお待ちしております」。そんな声と笑顔で見送られたら、その瞬間にそのホテルは、私にとってきっと定宿となったことでしょう。素晴らしいホテルだけにそれが残念でなりません。朝の見送りは、「次」を決定づける最幸の瞬間なのです。



第39回:平成26年4月1日掲載

「個」に向かった行動こそがおもてなし~宿泊客を朝から待つ部屋~

 あるホテルで部屋に入った時、デスクの上にひとつ封筒が置かれていることに気づきました。

 何度か宿泊したホテルですが、今回のことは初めてです。

 封筒は総支配人からのメッセージカードでした。ホテル会員になって、初めての宿泊だったかもしれません。すべての宿泊者に同様のメッセージを入れることは、難しいでしょう。

 誰に集中させるべきなのか。会員顧客、常連という答えは、すぐに思い浮かべられます。

 私は「新規客をその中に入れて下さい」と言っています。初めての利用時にショックを与えるような印象付をするのです。これがリピーターとなっていただくための第一歩です。

 その意味で、このメッセージカードは、とても素晴らしいと、私はとても感動しました。

 その理由はメッセージカードそのものではなく、その特定の部屋を私の部屋として、朝から準備をしていたことです。

 多くのホテルでは、チェックイン時に宿泊する部屋が決まります。

 予約は数日から数週間、あるいは数カ月前に入れます。すでに決済している場合もあります。

 しかし、フロントで名前の確認とともに宿泊者カードに記入をして、それからルームキーが宿泊客に用意されます。

 予約しているタイプの空いている部屋をあてがうような感じです。ときには、空いていればランクアップした部屋の提供を受けることもあり、不満はありません。

 しかし、たまに宿泊するリッツカールトン東京では、その日に私が宿泊する部屋に、他の部屋にはないズボンプレッサーが毎回用意されているのです。つまり、その部屋は朝から私の到着を待ってくれていたということです。

 スタッフは、私のためにその部屋を準備し、私の到着を待っていてくれたのです。そのホテルのメッセージカードは、それを語っていました。私はそのことに感動したのです。

 客室をきれいにして、その日宿泊するお客様を迎える。この行為は、顧客へのサービスです。

 しかし、リッツカールトン東京やメッセージカードを置いたホテルは、西川丈次という個のために部屋を準備してくれた。これが迎える「おもてなし」です。

 ランクアップは毎回ではありません。アップしてもらえなくても当たり前ですが、今回はしてもらえなかった、という不満が生じます。

 その場のメリットよりも、お客様を「個」として捉えたサービスこそが真のおもてなし行動なのです。



第38回:平成26年3月1日掲載

経験で判断しないおもてなし~知りたい想いが行動生む~

 クリスマス・ディナーバイキングの日は、一年でも特別な日です。各ホテルも1年かけて企画を考える大切なイベントであり、稼ぎ時でもあります。

 私が利用したホテルも、その日は多くのお客様でにぎわっていました。

 いつもより多めの席、90分の総入れ替えなど、特別な日では致し方ありません。

 そこにはたくさんの家族の笑顔やカップルの楽しそうな会話がありました。

 しかし、そのなかで、カップル用の2人席に女性が1人でポツンと座っているのに気づきました。

 はじめは相手が料理でも取りに行ったのかと思ったのですが、いくら経っても戻って来ません。1人で来たのではないでしょう。楽しそうに話すカップルに挟まれ、料理も取りに行かず、ずっと座り続けていました。

 わたしはその風景がとても悲しく思えました。それは、その女性ではなく、その周りを何度も行き来するホテルスタッフに対してです。

 なぜ、その女性を1人にしておくのか。どうして声を掛けないのか。

 私が気づいて30分以上は経過しています。私のテーブルには、アルコールの注文やクリスマスのプレゼントの案内など、多くのスタッフが来るのですが、彼女の席には誰ひとりとして近寄る人はいません。

 スタッフを呼ぼうとした瞬間、彼女がそれまでにない華やかな笑顔になったのです。彼氏の登場です。優しい笑顔で一生懸命話しかけているようすを見て、ホッとしました。2人に残された時間は20分弱になっていました。

 スタッフと彼女の間で会話は交わされたのでしょうか。「大丈夫です」といった返事があったのでしょうか。仮にそうだとしても、随分と時間は経っていました。もう一度声を掛けることが、彼女をみじめで悲しい気分にさせてしまうと思い、声を掛けるのを遠慮したのか。

 忙しいディナーバイキングを動かすにはそんな余裕もないのかもしれませんが、スタッフがその女性と話をしながら彼の到着を待ってもらえたら、彼女の過ごした気の遠くなるような時間は、もっと短く感じてもらうことができたのではないでしょうか。それが残念でなりません。

 過去の経験から、「この人はこうだから」「こうしてあげることが良い」などと、お客様を勝手に自分の持つ過去の経験から仕分けしないで欲しいのです。そのお客様は、その方だけなのですから。

 「その方を知りたい」という想いが、話し掛けるという行動を生み出す。そこにおもてなしが生まれるのです。



第37回:平成26年2月1日掲載

情報シェアでおもてなし~正しく、スピーディーに~

 昨年6月に大阪梅田のグランフロントにオープンしたインターコンチネンタルホテル大阪に、執筆活動のために泊っていました。前夜、「明日は帰って来ないから」と家族に伝えたとき、娘から「どこに行くの、どこに泊るの」と質問攻めにあいました。

 理由を聞くと、学生時代にアルバイトをしていた大手書店の忘年会が、書店営業の終了時間22時以降から始まるため、終電時間に間に合わない。忘年会はそれを見越して、始発の時間までの予定で行われるということでした。

 ただ娘には午前中に別の予定があり、一旦家に戻るには中途半端な時間。時間調整と仮眠のために、私が泊っているホテルに行っても良いかということでしたので、もちろん了解しました。

 その日に仕事を終えた私は、はじめて利用するホテル入口に見当を付けて行ったのですが、グランフロント側からの入り口が分かりづらく、また夜間には閉まってしまうようすだったために心配になり、客室から確認の電話をフロントにしました。

 「明朝5時に娘が来るのですが、早朝でも開いている入口はどこになりますか」。

 正規のホテルエントランスを聞き、それを娘にメールで知らせました。その朝、興奮したようすで客室に入ってきた娘の話では、朝5時にホテルの正面玄関から入ったとき「おはようございます。西川様ですね」と、目があった瞬間にホテルスタッフが声を掛けてくれたそうです。

 しかも、キーがなければ動かないエレベーターであったので、フロントにキーを預けていたのですが、わざわざ客室の前まで案内してくれたというのです。それらの対応に驚き、寝ている私を起こしてまで、興奮してまくしたてる姿を見て、人は感動した時にその話を誰かに伝えたくなる。それを強く、改めて感じたのです。

 このサービスの本質を改めて翻訳すると、目が合った瞬間に名前を呼び、客室まで案内してくれた。それは確かに素敵な行動ではあります。

 しかし、それ以上に私がこのコラムに書きたいと思ったのは、20階のフロントデスクに電話をして尋ねた正規のエントランスの場所。そのときにたまたま伝えた「朝5時に娘が来る」という情報が1階エントランススタッフに伝わっていたことです。

 それは正しく、伝わっていなければできない行動です。防犯のための伝達だったかもしれませんが、その得た情報を使っての行動が、来店客に忘れられない感動を残す成果を生み出したのです。得た情報をスピーディーにシェアする。それが現場でおもてなしを実現するためには非常に大切にしなければならない事なのです。



第36回:平成26年1月1日掲載

心の声に「応える」おもてなし~「答える」と「応える」は違う~

 「今日のパレードは、何時から始まりますか」という質問に、キャストはこう応えました。「今日も7時からのスタートになります。6時過ぎにここに来て頂くと目の前でパレードを楽しんで頂けますよ。こちらのお譲ちゃんにも」。時間や言葉は正確ではありませんが、その言葉に感動した事は、はっきりと覚えています。

 その「サービスを翻訳」します。私はパレードの始まる時間を聞きましたが、本当に知りたかったのは、「どこに何時に行けばより楽しめるのか」でした。初めて連れて来た子供たちに、パレードを見せてやりたい。時間ぎりぎりでは人垣ができて小さな子供たちが十分に見られない。そうした想いを伝えたかったのです。

 ただ、口から出た言葉は本質とかけ離れたものでした。しかし、そのキャストは「乳母車に乗せた子供たちに、パレードを目の前でゆっくりと観てもらいたい。ゲストに比較的空いている場所と、そこに行ってもらいたい時間を伝えなければ…」と思ったのでしょう。

 お客様の言葉は、そのお客様の心の声を正確に表現できているとは限りません。その言葉の裏側にある本質は何か。それをキャッチすることが「おもてなし行動」を生み出すのです。アトラクションも楽しみ、近くに食べるところはないかと地図を見ていたら「何かお探しですか」と声を掛けられた。「食事がしたい」と言うと「では、こちらと少し離れたこちらにレストランがあります」と素敵な笑顔で教えてくれる。そんな映像をテレビでよく観ます。

 私がよく行くレストランではこんな会話がありました。「今日のメニューです。お腹のすき具合はどんな感じですか。軽く、それともガッツリ、少し暑かったのであっさり系が良いですか」。「今日はガッツリと行きたい」と言うと「今日のおすすめは、これとこれですね」と説明が続きます。

 この2つの対応力には、大きな違いがあります。どこにレストランがあるかを教える。これを「答える」と言います。そこにどんなに素敵な笑顔があったとしても「答える」ではおもてなし行動になっていないのです。「ありがとうございます」とゲストは言うでしょう。「良い仕事ができた」とキャストは思うかもしれません。でも、ゲストは場所は分かったが、今のお腹具合を考えながら、その中のどこにしようかと考えるでしょう。おすすめするとは、自分の持っている情報をただ伝えるだけではいけません。その情報の中で、どれが目の前にいるお客様に最も喜んでもらえるかを探ったうえで伝えるべきものなのです。これを「応える」と言います。「応える」ためには、「聞く」「知る」の事前行動が大切なのです。



~おもてなし講演の中でも、これらの体験事例が登場します~

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