コラム「もてなし上手」バックナンバー

<2017(平成29年)連載分>


第83回:平成29年12月1日掲載

はじめの第一歩

~未来に向けての勇気~

 1年前に発足したプロジェクトチームのメンバーと1年間かけて創り上げたのが、クレドでした。リッツカールトンが企業の信条、理念、大切にすべきものを明確にして日本企業に広め、社員がその想いを受けて実行するものとして多くの方に知られています。

 ただ、残念ながら数カ月するとそれを失くしたり、数年後にはつくったことすら忘れてしまう企業も多いと聞きます。その原因は、つくることそのものが目標となっているからです。

 そこで、クレドの完成は手段であって、その先のスタートラインであることをプロジェクトチームの最初の会議で伝えました。つくる過程は、組織の枠を超え目標に向かって社員が1つになることです。

 そのために、プロジェクトメンバー全スタッフを集め、全社集会を何度も開いて語りかけてもらいました。役員への報告会などを経て、1年がかりでクレドを完成させたのです。その項目数は30にのぼり、リッツの20を超える多さです。

 発表は完成から数週間後に予定されている周年パーティーの席上です。クレドを覚えると同時に、そのクレドの想いを実現するための行動を取らなければなりません。どんな行動を参加者にお見せするか、夜遅くまで会議が続きました。

 そして、当日の参加者から「これはすごい」と驚かれる行動が1つあります。それは、参加者の席札です。参加者一人ひとりの情報を得て、その席札に個別のメッセージを書いたもので、誰もが手に取ると、すぐに隣の人と見せ合います。

 「これってみんな違うの」「すごいね」。参加者200人の一つひとつに異なるメッセージが書かれていたのです。持ち帰りのプレゼントに、200個用意した袋を順番に渡せば簡単ですが、袋の中には個別の名前で書かれたお礼状が入っています。間違わないように渡すのは、本当に大変な行動だったと思います。

 しかし、手間を掛けた分は確実にお客様の笑顔につながりました。大切な記念のパーティーでミスは許されません。難しいことを企画して、もし失敗したらどうすると、一般的には考えてしまいます。だから、失敗のない無難な取り組みしかできないのが普通の企業ですが、彼らは果敢にもその難しいミッションに取り組んで行きました。

 そして、幹部はそんなスタッフの想いを理解して、その行動に許可を出したのです。できあがったクレドからの初めての行動です。お客様の笑顔を本当にうれしそうに見るスタッフたちの表情からは、達成感と安心感、そして未来に向けての勇気を感じました。新潟グランドホテルのこれからの行動が本当に楽しみです。



第82回:平成29年11月1日掲載

お迎えに手間を掛ける

~初めての出逢いの瞬間に~

 その日は、初めて宿泊するホテルにタクシーで向かいました。運転手が「このあたりですね」というところに、それらしきホテルは見当たりません。車寄せと、ドアマンが・・・とイメージしていたのに、それがないのです。

 「あれかな」と運転手の声でその先を見ると、行き交う人の向うに見え隠れする1人の男性の姿が目に止まりました。そこでタクシーを止め、ドアを開けてもらうと、その男性が掛け寄って来て「西川様ですね」と声を掛けてきました。

 初めて予約したホテルに到着して、こんなに驚くような対応をされるとは思っていませんでした。ただ、以前に同じような場面に出会った記憶があります。私の大好きな東京のレストラン「カシータ」のある、表参道・青山通りで見掛ける光景です。

 そのホテルとは、10月5日に東京銀座にオープンした「ホテル ザ・セレスティン銀座」です。目立つ看板もなく、ホテルをイメージできる車寄せもありません。銀座の立地からそうしたスペースを取ることができなかったのでしょうが、与えられた環境の中で最幸の成果を出すことがビジネスです。ハードで叶わなければ、人でカバーすれば良い。

 表参道のカシータはビル3階にあります。オープン時に伺ったとき、どのビルだろうかと迷いましたが、お客様に不安な想いをさせてはならないと実行したのが、このお迎えサービスでした。

 もちろんそこには、少しでも早くお客様にお逢いしたいというスタッフの想いもありました。しかし、最も大切なことは、このはじめの出逢いの瞬間にお客様に感動を与え、レストランフロアにお客様をご案内することです。セレスティン銀座も同様のことが実行され、気持ちよくフロントへと案内をして下さったのです。

 次に大切な事があります。お客様と一緒に歩きながら案内するとき、どのような会話でその時間を過ごすかです。案内する側も、変な沈黙をしないよう心掛けるでしょうが、そこで間違った声掛けや、質問をしてしまっては、その時間に不満を創り出してしまいます。

 多くの場合、一生懸命に話しかけるのは良いのですが、「どちらからいらしたのですか」といったNGワードを安易に使ってしまうことがあります。基本情報を持ったうえで、お客様との時間と会話を楽しみましょう。そのためにも、事前に質問を多く手間を掛けてでも考え用意しておくことが、お客様を迎えるおもてなしになるのです。

 実は、このセレスティン銀座の最上階には、「カシータ」の銀座店がオープンしました。おもてなしを食と宿泊の両方で体験できる、贅沢な場所にきっとなることでしょう。



第81回:平成29年10月1日掲載

雨の日も晴れやかに

~運転手が手に持つ傘に~

 バス旅行に参加した雨の日、バスに戻るお客様に傘を差して迎える運転手の姿が、雨で気分がさえない気持ちを、一瞬で晴れやかな気持ちにさせてくれました。

 乗車口で「お帰りなさい」と迎える笑顔も、雨の中を難しい顔をして歩いていたお客様の表情を笑顔に替えていきます。

 最も大きな笑顔の要因は、運転手が手に持つ傘にありました。

 雨の日のバスで最も嫌な瞬間は、傘をたたみ乗り込む時です。乗車前に濡れないように気をつけてはいても、やはり濡れてしまいます。

 その運転手は笑顔で傘をお客様に差しかけていました。しかもその傘がゴルフのキャディーが選手に差しかけるために持つ、大きな傘だったのです。その傘を見て、お客様が笑顔で話しかけながらバスに乗り込んでいくのです。

 このバス会社では、ツアー中にお客様が利用できる傘も用意しています。これもうれしいサービスです。ふつうは濡れた傘を自分の席まで持って行くと、車内は水浸しになります。

 雨だけでも憂鬱なのに、車内まで濡れてしまった状態になれば、ますます気分は落ち込みます。

 入口で傘を預かる箱を用意している会社もありますが、多くの場合は自分の席まで持って行きます。あとから来た人が、自分の傘の中に先を入れてしまい、中まで濡れたり穴を空けられる、ということもあったから、とうかがいました。

 しかし、貸し出す傘であれば何の心配もなく箱に入れて席に戻ることができます。おかげで車内も快適でした。

 運転手の話では、もう1つこの傘のメリットがあります。お客様みんなが同じ傘を持っているので、自分のお客様がどこにいるのかすぐに分かるということでした。

 ある休憩地では、こんなことがありました。雨が止み、何人かのお客様が傘を持たずに休憩施設に入り、再びバスに戻ろうとしたとき、激しい雨が降りだしたのです。

 傘を持たないお客様が、走ってバスに戻ろうとするのを見つけた運転手が、そのお客様に「そこで待っていて下さい」という合図を送り、バスから飛び出すように、数本傘を持って走って行きました。

 365日晴れるということはありません。私たち仕事をする者には、たまたま今日は雨という1日かもしれませんが、ツアーのお客様にとっては「何もこんな日が雨にならなくても」という悲しい、悔しい気持ちになると思います。

 その1日を振り返って、雨だけど、良い1日だったと思ってもらえるように、全力でお客様を守ることが、おもてなしの想いなのです。



第80回:平成29年9月1日掲載

馴染み客へのアイコンタクト

~ちゃんと分かっていますよ~

 忙しくフロアを行き来するスタッフたちが、お客様のためにほんの少しの時間を使って、その目的を達成しようとするお店があります。2人で初めて行ったレストランで、相手がトイレに立った時、スタッフの1人が私の席まで来て話しかけてくれました。

 お客様を1人にせず、退屈で寂しい想いをする時間をつくらせない。徹底してお客様の楽しい時間をつくる。それがお店で過ごす楽しい思い出にする。それがこの店スタッフの目的に向かっての行動です。

 馴染みのお客様を特別扱いしてしまうと、新規のお客様が気分を害されてしまうこともあります。初めての方に不快感を与えるような、そんな接客を馴染みのお客様にしてしまうお店が少なくありません。

 一方でそれを意識してしまい、逆に馴染みのお客様に寂しい想いをさせてしまうこともあります。

 その時に重要になるのがアイコンタクトです。「ちゃんと分かっていますよ」「いつもありがとうございます」といったメッセージを送ることです。そして、話す機会が訪れた時、しっかりとその想いを伝えるのです。

 また、そうした場面がなければ、創り出せば良いのです。たまに行くレストランで携帯が鳴って、席を外した時のことです。会話を終えて席に戻ろうとしたら、店のスタッフが待ってくれていました。そして、「いつもありがとうございます」の一言。これだけで十分にその想いは伝わってきました。

 店内の様子を見ていると、トイレに立ったお客様のお帰りを待つスタッフが入口にいます。あるいは、本来歩くはずの導線を変えて、戻って来るお客様とわざとすれ違う道を選んで歩くスタッフたち。お客様との特別な時間をさり気なく創り出すための行動です。

 その時に馴染みのお客様には、「今日もありがとうございます。楽しんで下さっていますか」と声を掛けて、馴染みのお客様と認識していることを伝えれば十分なのです。つい馴染みのお客様に多くの時間を使って対応しようと考えてしまうものですが、その時間は、新規のお客様にこそ使ってもらいたいと思います。

 そのお客様をリピーターにしなければ、ビジネスを恒常的に大きくしていくことはできません。新規のお客様にこそ、十分な時間を使って会話をしましょう。

 馴染みのお客様には、少しだけ時別な時間を提供できれば満足してもらえます。それが、アイコンタクトでその想いを伝える行動なのです。

 初めてのお客様と馴染みのお客様への満足の提供の仕方に、目的と違いを持って対応できる店が、多くのリピーターを得るお店なのです。



第79回:平成29年8月1日掲載

最幸のおもてなしは両者のハーモニー

~素直に感動する気持ちで~

 「木下さん、この刺身はどこの魚」。先日クライアント企業の経営者と視察研修旅行の帰りに夕食をご一緒しました。その方が携帯でその店に予約を取ってくれたので、馴染みの店かと思い、安心してそこに行くことにしました。

 飲み物のあとに、刺身が運ばれて来ました。そのときに、その方が店員に聞いていたのが、冒頭の会話です。親しげに話すようすを眺めながら、「よくここには来るのですか」と尋ねたのです。すると「いえ、はじめてですよ」と言われ、驚いてしまいました。

 まるで以前から、何度もその店に来ているような会話と雰囲気があったのです。店員は何度も私たちのテーブルに来ましたが、そのたびに素敵な笑顔を見せながら、和やかに会話をして行くといった時間を過ごしたのです。初めて行った店では得られないような楽しい時間で、「西川さん、また来ましょう」という話をしながら店をあとにしました。

 良いサービスを受けることのできない人に、良いサービスは実行できない。人は等しく良いサービスを受けています。しかし、良いサービスを受けていると感じ取ることのできない人もいます。

 このレベルでは「まだまだ」という人もいますが、多くはその素敵なサービスをキャッチできていないだけなのです。良いサービス提供者になるには、お客様の心を掴むための行動、言葉なのだという事例に多く触れることが大切です。そのためには、意識して良いサービスを受ける努力をすべきなのです。

 もう一つが、この経営者が実行した良いサービスを引き出す行動が重要になってきます。評価の高い店などを視察に行くときには、何か良いものを掴んで帰ろうと一生懸命に厳しい目で接客者を見つめてしまうものです。ただ、これは間違った視察の仕方です。

 お店は楽しく過ごすところであって、勉強するところではありません。楽しむ気持ちを忘れては絶対にならないのです。一つひとつの行動や言葉に素直に感動する気持ちで楽しみましょう。そうすると良いサービスが見えてきます。

 同時に、サービスを提供する人も、気持が乗ってくると力以上のものを見せてくれるでしょう。この企業経営者の方が取った行動は、もっとも効果的で簡単な方法なのです。名札の文字を読み取り、名前を呼んであげること。店員は驚くと同時に心地好さを感じ、特別なお客様として接してくれるようになります。

 さらに短時間の内に、その店に3回行ってみましょう。さらに素晴らしいおもてなしに出逢えるようになるでしょう。良いサービスを受ける最大の秘訣は、提供者と受ける側の2人が創り出すハーモニーなのです。



第78回:平成29年7月1日掲載

その行動に想いを込めて

~形だけを真似るのではなく~

 「レタスを取っておきますね。」ある喫茶店で、隣に座ったお客様に喫茶店のスタッフが声を掛けました。その瞬間にそのお客様の顔が「どうして」というような表情に変わりました。「前回は残されていたので」と答えるスタッフに、「あのときはたまたま」といったやり取りが聞こえて来ました。前回来たときのことを覚えていたスタッフの声掛けだったのです。しかし、お客様はそれに対してスタッフが期待していたものとは逆の反応を示したのです。

 このスタッフの行動は素晴らしいものです。ただ、それが活かされなかったのはなぜでしょうか。これは入口の失敗が、理由の1つとして考えられます。気持ちよく入店からオーダーまでの流れができていれば、こうした状況にはならなかったでしょう。

 来店したときに、きちんとしたお迎えができていないのに、突然声を掛けられたお客様が戸惑ってしまったと考えられます。「先日もお越しくださいましたね」という笑顔のあいさつから始めていれば、反応は変わっていたかもしれません。

 最近の居酒屋では、予約を入れたお客様にメッセージカードをテーブルに置いて迎えてくれるところが増えています。先日、初めて利用した居酒屋でも実行されていました。本来であれば、サプライズの提供になり、お客様が喜んでくれると期待してのものだったと思いますが、それを見つけた私は、瞬間にそのメッセージカードを隠してしまいたほど恥ずかしくなってしまいました。

 カードには「ようこそ!今日はご来店いただきありがとうございます、植野さま」と、弊社のスタッフの名前が書かれていたのです。その宴席は、おもてなしセミナーにご参加いただいた方々、つまり弊社にとってのお客様方との大切な懇親会です。予約を入れたスタッフの名前が書かれたメッセージカードは、うれしいどころかお客様に失礼になると感じてしまったのです。

 予約を入れるのは、主賓であるかもしれません。上司の指示で予約をするスタッフが多いでしょう。ただ、店側が喜んでもらうためにした行動が、結果、予約を入れた人に恥をかかせてしまうことになります。どのような集まりであるかを事前に聞けば、誰に向かってのメッセージにすればよいか判断できます。

 おもてなしがブームになり、こうした行動を取る企業やお店が増えています。ただ、その行動がどのような効果を生み出すのか、そのために何をすべきかを理解したうえで実行しなければ、このような不快な気分をお客様に与えてしまうことになってしまう。おもてなしとは、形だけを真似るのではなく、もう一歩の手間に手を抜いてはならないのです。



第77回:平成29年6月1日掲載

迎える想いがリピーター生む

~どこまで続くのだろうか~

 「あの行列は何ですか」。

 それは、多くの観光客を集めるイベント先で見た光景でした。灯りをともした紙の袋を空に上げる「スカイランタン」という年に1度、新潟県津南町で開催される雪まつり会場でのことです。

 メイン会場が山のスキー場になってから、本来の町のお祭りは地元住民だけが静かに楽しむものとなっていました。多くの観光バス団体は、町に入るとそのままメイン会場のスキー場に向かいます。その光景を見たのが3年前でした。

 このバスに、麓の町のお祭りにも立ち寄ってもらう方法はないものかと考え、翌年からその営業が実行されました。

 次の年には多くのバスが、麓の町のお祭りも楽しんでくれるようになったのです。

 たくさんの観光客が楽しむ町を歩いていると、ある店の前にできた行列が目に留まったのです。近づくと、それは綿あめを提供するコーナーでした。たくさんの同様のイベントコーナーが町の店先に出ていますが、この店の前だけに長蛇の列ができているのです。「お越し下さるお客様を心で迎える」。その行動に集まった行列でした。

 その行列をつくったのは、手伝いをする小学生でした。綿あめをつくる割り箸を手に、歩いている人に「綿あめ食べて行って下さい」と声を掛けながら走り回って、歩いている人に渡しているのです。

 昼食を町で食べてもらえるようにと、参加した店で食事を取りました。美味しいご飯と味噌汁をお腹いっぱい食べてもらいたいと、アルバイトの若い人たちが「お代わりいかがですか」と、恥ずかしそうにしながらも、声を出している姿に感動すら覚えました。

 料理には手書きの絵入りのメニュー表が置かれ、これから寒いスカイランタン会場に行く私たちのためにカイロを用意してプレゼントしてくれたのです。

 スカイランタンが終わって帰る時には、さらなる感動が待っていました。

 真っ暗闇の中に照らし出される何人もの人たちが、凍りつくような寒い中で「また来て下さい」というプラカードを持ち、一生懸命に手を振っていたのです。

 そして、どこまで続くのだろうかというくらいに雪の壁にあけられた穴に灯されたろうそくの灯りが、いつまでもいつまでも私たちを見送ってくれました。

 今年もこのイベントに行ってきました。そして、できている行列の先には中学生になったその子が顔晴っていたのです。そして、割り端を手に綿あめを作っている人が、「今年も顔晴っているんだ。また逢いに来たよ」と声を掛けていました。小学生が創り出した町のリピーターです。



第76回:平成29年5月1日掲載

やってみるから進化が生まれる

~感動で思わず笑顔になる~

 「いらっしゃいませ、西川様」。宿泊予約サイトで、初めて予約をした旅館に到着したとき、私にかけられた出迎えの言葉に感動を覚えました。宿泊予約サイトから予約をした場合、自動システムで予約確認の連絡メールは来ますが、その宿からの直接の連絡はほとんどないのが一般的です。

 ところが、その旅館からは登録した携帯電話に連絡が入ったのです。予約のお礼と到着時間の確認などでした。そして、「お待ちしております」といった想いを伝えてくれる宿でした。当然、事前期待は高まります。楽しみにしていた宿泊当日、クライアントの方に車で送ってもらったのは、予定時間よりかなり遅れた到着になってしまいました。

 車寄せに到着したのを見て、館内からスタッフが駆け出してきます。よくある風景ですが、その旅館では大きく違ったお迎えをしたのです。それが冒頭の言葉です。別の方も出て来て、同じように名前を呼んでくれます。

 玄関入口では、女将さんが出迎えて同様に名前を呼んでくれました。はじめての宿泊、到着時間も予定よりかなり遅くなってしまい、移動手段も伝えていない。にもかかわらず「名前」を呼んでのお迎えです。感動で思わず笑顔になる自分がそこにいました。

 そして、その秘密は後で分かりました。昨年、島原で「おもてなし講演」をしたときに、その旅館のスタッフ方々が参加していたのです。

 講演の依頼は旅館、ホテルなどの企業だけでなく、行政からも多くいただきます。講演後に「感動した」「勉強になりました」というたくさんの声をいただきます。

 しかし、そのあとにその旅館に伺っても、話したことが実行されていることは少なく、自分自身の力不足を感じることも多々あります。

 ところが今回お世話になった長崎県・雲仙温泉の宮崎旅館さんは、それが確実に実行されていたのです。できない理由はいくらでも思いつきます。でも、どうすればできるかを考えて実行することは、非常に意味のあることです。上手く行かないことや失敗することもあるでしょう。しかし、その一つひとつの経験が、できない理由や言い訳を言って実行しない企業との大きな差になるのです。

 おもてなしとは、想ってなすことです。その実行のためには、これまでの慣れた仕事を変えることへの抵抗感もあるでしょう。恥ずかしさを感じることもあるかもしれません。だからこそ、勇気が必要なのです。嫌なことから逃げない覚悟が必要なのです。そうした感情を乗り越えて実行されるからこそ「おもてなし行動」は尊いのです。

 宮崎旅館の皆さんに拍手です。



第75回:平成29年4月1日掲載

ヘビーユーザー向けの接客

~マニュアル実行が「目的」か~

 出張で降りた駅の喫茶店でのことです。スタッフと仕事先からの迎えを待つ間、コーヒーを飲もうと入りました。オーダーをスタッフにお願いをして、トイレに立ったのですが、店からは少し離れた駅ビルの端にあり、時間が少しかかりました。ただ、戻ってからは感動の連続でした。

 まず、店に戻ると「お帰りなさい」と声をかけてくれたのです。テーブルに戻ると、スタッフはコーヒーを飲んでいるのですが、私のコーヒーがありません。「頼んでくれなかったの」と聞くと、「戻られてからお持ちしますね」と持って来たコーヒーを、私の分だけそのまま持って戻ったということでした。しばらくすると、淹れたてのコーヒーを運んで来てくれました。

 別の機会には、オーダーしてすぐに席を立った私に、「お戻りになってからお持ちします」と話し、戻ってすぐに熱いコーヒーを淹れてくれました。高級店ではありませんが、温かいコーヒーをおいしく飲んでもらいたいという想いを強く感じるお店です。

 素晴らしい笑顔で出迎え、洗練された身のこなしや丁寧な言葉づかいで、完璧な接客をしてくれたお店があったとしても、この店のように、コーヒーを飲むならここで時間を過ごしたい。あるいは、1本早い電車に乗ってでも、この店でまたコーヒーを飲んでから仕事に行きたいというような気持ちになれる店がどれほどあるでしょうか。

 マニュアルは企業やお店にとって、接客品質を維持するために必要なものです。ただ最近は、そのマニュアル行動を実行することが「目的」となってしまっている場面に接することが多くなった気がします。マニュアル重視で、確かにクレームのないお店になるかもしれません。

 しかし、クレームの出ないお店にすることが、マニュアル行動を実行する目的だったのでしょうか。あらゆるビジネスの目的は、リピーターを創るということです。その確率を上げる行動を考え続けることです。

 航空業界の接客レベルは高いといわれています。私自身も搭乗の機会がそれほど多くなかったころには、何度も感動を得た記憶があります。しかし、ここ数年間は残念ながら、そうした行動に出逢う機会がほとんどなくなってしまったのです。

 そんな風に思っていたのですが、実はそこに別の要素があると感じたのです。ライトユーザーの満足度を高める接客と、ヘビーユーザー化したお客様の利用を促進する接客とは別のものなのです。日々一限的なお客様を迎えながらも、一人ひとりをきちんと接客して、リピーターにするこのコーヒーショップの接客は、学ぶべきポイントが数多くあるのです。



第74回:平成29年3月1日掲載

名刺を渡す行動が仕事を変える

~ビジネスの確率を上げる~

 東京、大阪、福岡など都市から地方を含めて、年間かなりの数のセミナーを多くの会場を借りて実施しています。そんななかで、印象に残るとても素晴らしい人に出逢いました。その人は、セミナーの懇親会でお願いするコーヒーのデリバリースタッフです。

 多くの場合は、外の店から持って来てもらいます。個数と時間を指定して、領収書とおつりを持って来てくれます。その日は会場のビル1階にあるコーヒー店にお願いをしていました。

 すべてのスケジュールが終了して退出するとき、「これも持って行ってあげましょう」と当社スタッフがコーヒーポットを手に、1階のショップまで持って行きました。すると、店内で忙しく働いているスタッフがこちらに気付き、満面の笑顔で「ありがとうございます」とカウンターから出て来ました。そして「よろしければ名刺交換をしていただけませんか」と名刺を差し出したのです。

 私は、その言葉に感動しました。これこそが大切な「おもてなし経営」だと思ったのです。

 毎日、研修をして学び、仕事のスキルアップを目指すことは、とても尊いことです。しかし、その時間とコスト、手間は「何のために」かけられるのでしょうか。向上したサービスでお客様の満足度を上げるためですか。もちろん、それも大切なことですが、それはビジネスではありません。ビジネスの目的が分かれば、目の前の仕事は大きく変わるのです。

 満足をしてもらえても、それは次につながるのでしょうか。満足が次の機会を生むことはありますが、それは選択肢に残っただけのことであって、次の確約ではありません。ビジネスとは、その確率を上げる行為を言います。

 結果として、行動が満足を生み、満足が次につながり、利益を生み出すのです。

 コーヒーのデリバリーはたくさんお願いして来ましたが、今回初めて名刺交換と共に「またお願いします」と声をかけられたのです。

 サービス提供したお客様に名刺を渡す。当たり前のことがサービスの業のなかでは少ないのも事実です。

 名刺を渡すことを業務の中心に置けば、今日の仕事の仕方は変わります。悪いサービスでは渡すことはできません。また、満足レベルのサービスでは、渡しても次の機会を生み出しません。

 名刺に価値を持たせるために、より良いサービスの提供に真剣になるのです。それこそがおもてなしを越える「おもてなし経営」を生み出す1つの仕掛けなのです。

 私の大好きなレストランやショップのほとんどは、これを毎日愚直に実行しているお店ばかりなのです。



第73回:平成29年2月1日掲載

現場にこそ最大の学ぶ機会がある

~席に戻って驚いたのは~

 私の講演や研修で話す内容は、私自身の体験や確認できた真実だけです。本やインターネットで読んだものや、誰かがどこかで話していたことを使うことはありません。それが私の流儀です。

 先日、そんな話を中心に研修指導しているJR東日本「四季島」のクルースタッフと、東京青山のレストランカシータに行ってきました。

 文章や頭で考えるだけでなく、現場で事実に触れることが大切なことです。この春に運行を開始する忙しい時期ではありますが、講義で話したカシータでの学ぶべきポイントを、一緒に体験しながら改めて伝えたいと思ったのです。

 カシータでは、「今の行動を見ましたか」「どこにその素晴らしさがあるのでしょうか」「なぜあの行動を取ったのでしょう」「その理由は」など、お互いに現場で気がついたことを話し合いながら、素晴らしいサービスの一つひとつを逃さず、掴み、心の中へ落とし込んでいく素晴らしい時間となりました。

 食事中に私が離席し、クルーの1人も電話で席を外したとき、テーブルはもう1人のクルーだけになりました。私が席に戻って驚いたのは、そこにいたのは1人さびしいクルーではなく、カシータスタッフと楽しそうに笑顔で歓談する姿でした。スタッフは「引き続きお楽しみください」と言って席を離れて行きました。

 何気ないこの1つのシーンを切り取って、「さて、何を感じましたか」と質問をしてみました。さすがクルーは、ちゃんと気付いていました。「お客様には短い時間でも、寂しく過ごす時間を創らないように話しかけて下さったのですね」。

 そのクルーからは「前職の航空会社で、お客様に話しかけるときには、跪いて話すようにと教えられました。四季島の車内ではそのスペースが取れないのですが、どうしたら良いでしょうか」と質問され、これについてもどう思うかを話し合いました。

 姿としては、跪いて話をするのは見た目には良いかもしれない。でも、そこまでへりくだった姿勢をお客様はどのように感じるのか。大切なのは、なんの疑問を持たずにそうすべきと教えられた行動を取り続けるのではなく、その意味と効果に意識を向けることです。そうでないとその行動では、想いは伝わらない。私の答えとしては「話す内容やケースによるでしょうが、基本的に目線の高さを合わせることが大切です」でした。それが最も話しやすい状態を創り出すからです。

 こうした現場で感じた事に疑問符を持ち、その場でお互いがどう思ったかを話し合うことにより、真のおもてなし行動を考える脳ができあがり、身についてくるのです。



第72回:平成29年1月1日掲載

お客様に真剣になれば工夫が生れる

~美容室から1本の電話~

 サービス力や技術を高めるためにスキルアップをはかる。そんな風に「仕事」に一生懸命な姿に出逢うたび、うれしく、尊さを感じます。

 ただ、仕事に一生懸命になるほど実は困ったことが起こるのです。それはできない事に対して言い訳が出てきて、そこまではやる必要性はない、できる訳がないなど理由を探して、自分自身の行動を正当化するようになってしまうのです。

 また、精一杯やっている自分を評価しないお客様は、いつの間にか無理なことを言う変な人やクレーマーになってしまうのです。本来はお客様に真剣に向き合えば、できないことをなんとか実現したいと工夫が生まれます。

 私は「お客さまの名前を呼ぼう」とセミナーやクライアント企業で話しをします。それは個客と認識したお客様に、特別感と心地好さを提供するためであり、最幸の営業術であるからです。

 しかし、現場からは「自分がお客ならそんな店は嫌」「構わないでほしい」「必要な時に私から声はかけるから」などいろんな話が出てきます。一方で、お気に入り店やよく行く店などで、声をかけてもらえずに寂しさを感じてしまうのも事実です。「あなたは大切なお客様にとってのどちらのお店でありたいのか」です。

 年2回開催する「おもてなしセミナー」を先日終えました。開催地に向けて出発しようとしたその週末、長く通っている美容室から1本の電話がありました。「明日のご予約を取っておりますが、お越しいただけますか」というものでした。その瞬間に私は「営業をされてもなぁ」と思ったでしょうか。いいえ、逆にうれしくて感動すらしました。

 実はセミナー開催前の週末には、仕事の合間に電話をして、髪を切りに行っていたのです。しかし、今回は出張が重なり、どうしても時間がつくれませんでした。そんな私のためにわざわざ電話をしてくれたのです。

 その理由は、いつも以上に次の週末の予約が入り、当日に連絡をもらってもカットできないかもしれない状況になってきた。来週はセミナーだから、恐らくこの週末に電話があるだろう。それなら、「こちらから案内の電話をしよう」というものだったのです。

 一般的には、急に予約の電話をもらっても、込み合っているときにカットができなくても仕方ありません。余裕を見て連絡して来ないお客様が悪い、となりがちです。それを、事前に気を利かせて予約を一枠取っておいて、案内の電話をしてくれたのです。お客様に向き合うことで生まれた工夫です。

 これこそがお客様のために仕事をするというおもてなし行動なのです。

 

 

 



~おもてなし講演の中でも、これらの体験事例が登場します~

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