-コラム-

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第35回

興味の幅がおもてなし力を高める

~目の前のお客様に興味を~

 今年の春先、スプリングコートを買おうと思いました。するとその瞬間、スプリングコートを着ている人が急に増えたのです。流行っているのだろうか、と思いましたが、急にブームになった訳でも、寒さの影響で増えたのでもありません。昨年と変わらないのです。私にそうみえただけなのです。  TUMIのバッグを買おうとすると、急にTUMIのバッグを持った人が増えたように思えるのと同じです。その理由は、これまで興味を持っていなかったから、そこにあった風景が目に入っていなかっただけなのです。興味を持った瞬間に、それが見えて来たのです。

 ここに大切なポイントがあります。興味のない事に人は反応しない。日々あまりにも多くの情報にさらされる現代です。その情報の全てに反応していたら、疲れてしまいます。だから、脳は生きるために情報収集を制限していると言います。つまり、興味のない事は、目に入らないようになっている。

 さて、あなたは何に興味を持っていますか。好きなことは、自然と多くの情報が入って来ます。それは良いのですが、逆にそれ以外のことは、まったく情報が入って来ないのです。ビジネスをしていくうえで、これは非常に危険な状態です。入って来る限られた情報をすべてと思い込んでしまったら、新しいものを創造することができなくなってしまうのです。興味の幅を広げて、膨大に入ってくる情報をストックしていくことが重要なのです。

 今、必要じゃなくても、何かの拍子に貯めていた情報の点が、つながり始めるのです。「そういうことだったのか」と。その点はつながり、やがて面となり、目の前にある壁が打ち破られるのです。一生懸命に扉を開ける鍵を探していたのに、壁そのものがなくなってしまうのです。

 専門であることを否定はしません。しかし、そのために目の前の扉ばかりを見てしまいがちになります。ひょっとすると、その扉の周りには、はじめから壁などないのかもしれない。にもかかわらず、その扉を開ける鍵ばかりを一生懸命に探しているのかもしれません。 たくさんの感動体験を自分自身ですることは、その情報をストックすることになるのです。日々の業務では、どうやってお客様にお越しいただくかを、一生懸命に考えていますが、その前に、いかにお帰りいただくかを考えてみましょう。まだ見ぬ未来のお客様に興味を持つより、目の前のお客様に真剣に向き合うのです。そのお客様に興味を持てば、ストックされたたくさんの感動体験のなかから、今とるべきおもてなし行動が出て来るでしょう。その行動が、お客様が集まるお店を創り出すのです。



第34回

相手を想う「おもてなし」

~「必ず次も、ここへ」~

 この夏は本当に暑い日が続き、毎日出発のツアー(旅行)を担当する多くの添乗員にとって、体力を奪われる過酷な業務の日々でした。日帰りバスツアーに参加されるお客様の多くは高齢者で、旅は楽しいが、体調管理も大変な夏でした。

 熱射病で落命した、というニュースも多く、不安を覚えた人も多かったと思います。そんななか、参加していただくお客様のために、「最幸の一日を」とただひたすら「お客様の思い出づくりのため」に、多くの添乗員が本当に顔晴っています。

 寄せられるアンケートを見ながら、素晴らしいスタッフの行動に感謝をしていました。アンケートの中から、思わず感動したお客様の声がありました。

 その添乗員は、今夏毎回、お客様にあるものを配っていたのです。「今日も暑くなります。でも、楽しい一日に一緒にしましょうね。では、私から皆さんにちょっぴりプレゼントです」と配られたのは、塩飴2個でした。

 それを受け取ったお客様からは「これまで各社のたくさんの旅行に参加して来ました。でも、こんなに温かく、本当に私たちのことを考えてくれる会社が地元にあった事をうれしく思います」「飴が配られたとき、『なんだ飴か』と正直思いました。でも、その飴が単なる飴ではなく熱射病予防のための塩飴であることを知ったときに、思わず涙が出そうになりました」「この町に住んでいてよかった。本当にそう思いました。これからもがんばってください。皆さんは私たちの我町の誇りです」。参加者からはたくさんの感謝の声が寄せられました。

 この話をある町の講演会で紹介しました。講演は夜に1講演、翌朝に1講演というスケジュールでした。1日目の講演が終わったのが21時。翌朝が9時から。主催者の方は後片付けや準備でその前後1時間くらいはその会場にいたと思います。

 翌朝、8時過ぎに会場に着いたとき、担当者が控室に来られて「昨夜咳をしていらっしゃったでしょう」と、のど飴を持って来て下さったのです。コンビニのある町ではありません。わずかな時間を使って、遠くまで買いに行って下さったのではないかと思います。

 おもてなしとは、「想ってなすこと」。相手の事を想い、その想いを面倒くさがらずに実行に移すことが大切なのです。誰に対しても変わらない高いレベルのサービスを提供することは、とても大切なことではあります。

 しかし、そこで得られるものは、満足レベルのものでしかない。これを「おもてなし」と勘違いされては困ります。真のおもてなしとは、個に対する特別な行動であり、それは「必ず次も、ここへ」という成果を生み出す感動を創り出すものなのです。



第33回

お客様の心の声に応える

~「想って、なすこと」~

 お客様を送り出した後に、「あのときこうして差し上げていたら…」。そんな悔しい想いをされた方も少なくないと思います。「おもてなし」とは、想ってなすこと。日本人は一般的にシャイと言われます。奥ゆかしさでもありますが、おもてなしは奥ゆかしさとは別に、勇気を持って行動しなければいけないのです。

 どんなにお客様のことを想っていても、その想いが伝わらなければ、まったく想っていないのと同じにお客様には見えてしまいます。想った事を行動に移す時には「恥ずかしい」、「嫌だなぁ」、「めんどくさい」、という気持ちを、勇気を持って乗り越える行動こそが、おもてなしそのものとなるのです。

 数年前のことです。講演終了後に参加者の方と話をしていて、偶然その言葉が思い浮かんだのです。おもてなしとは「想って、なすこと」。神からもらったような大切な言葉です。「その通りですね」と笑い合った気付きの言葉でもありました。

 多くの機会に書き、話すなかで、「想って、なすこと」は、多くの方々の感動を呼ぶ言葉となりました。しっかりと育てる事の出来た言葉の一つです。生み出した瞬間の感動があるから、その言葉を大切にし、また、その想いを伝えることができたのだと思います。

 私にとっては、とても大切な言葉です。誰もがお客様に喜んでもらいたいと思っています。でも、その想いは、行動や言葉で伝えられなければ、お客様に伝わらないのです。

 よく質問されます。なぜ「おもう」を「想う」と書くのですか。「思う」ではいけないのですかと。とても良い質問です。「思う」とは、自分勝手なおもいであって、「想う」とは、相手のことを考えてのおもいだと考えています。

 「おもてなし」とは、自分の思いこみだけで行動する「自己満足接客」であってはならないのです。相手を想う気持ちを行動にすることだと思うのです。だから、「想ってなす」ことを『おもてなし』というのです。「思ってなす」行動は、『おもてなし』ではなく、自己満足行動です。

 ラグジュアリーと言われるホテルの接客を体験した友人の話です。その接客行動は、とても洗練されていてカッコ良かった。言葉遣いも丁寧で、身のこなしも素敵だった。でも、心に何も響いて来なかった、というのです。その接客者の前にいるのが私でなくても、その行動が日々繰り返されているのだと感じた瞬間に醒めてしまったというのです。

 自分自身の行動に酔いしれる接客者の行動から、感動は生み出されない。目の前にいるお客様のことを「想って、なす」行動だからこそ、そのおもてなし行動は感動を創造するのです。



第32回

お客様の心の声に応える

~小さな売上にも感謝を~

 「私たちのグループ会社で、毎月お支払いをする企業が100社あります。そのなかで、その支払いに対してお礼を言って下さる会社が、たった1社だけあります。それは、観光ビジネスコンサルタンツ様です」。あるクライアント企業の会議の席で、突然社長がそんな話をして下さいました。

 当社では創業以来、どんなに忙しくても仕事をさせていただけることへの感謝の気持ちを絶対に忘れてはならないと、お礼状を送り続けています。そんな小さな志を褒めていただき、素直に驚きとともにうれしさが込み上げてきました。

 私の大好きなレストランに、東京青山の「Casita カシータ」があります。毎回、多くの感動をくれる、とても素敵なレストランです。

 カシータに惚れ込んだ理由は、店内で繰り返される感動のおもてなしはもちろんですが、支払いに対するお礼の電話を下さる所にもあったのです。

 現地清算が基本のお店ですが、数年前にはじめて後日振込で支払いをしました。すると、直ぐに「西川さん、お振込みありがとうございます」と、お礼の電話があったのです。わずかな金額です。にもかかわらず、わざわざお礼を言って下さったことに、大変感動してしまいました。

 私はある企業で25年間会社員として働き、お客様からお金をいただく、ということを続けました。

 ある日、会議で提出された売り上げ数字を見ていて、違和感を持ちはじめたのです。書類にはとても大きな金額が並んでいます。営業会社で大きな数字が評価されるのは当然です。ただ、合計の数字を作っている大半は、小さな数字の積み重ねです。それが忘れ去られたように話題にすら上らないことを、とても悲しく思ったのです。

 金額は小さくても、お支払いをいただく企業にとってはとても大切なお金です。そこに感謝の気持ちが感じられなかったのです。お金をいただくとことに、慣れてしまっていないだろうか。

 銀行振り込みが主流の時代で、入金確認をするのは、大手の会社では経理担当者。社長自らという中小企業もあるでしょう。担当者がそのお金をいただくために、現場でどんな苦労をしているのか。お客様はどんな気持ちでお支払い下さっているのか。そのお金を作るために、どれだけの努力をして来られたのか。その結果、得られた大切なお金を、私たちは対価としていただくのです。

 集まったお金を月間の売上数字としてしか見ないような企業であってはなりません。おもてなしを語る前に、それがどんなに小さな数字であっても、そこに対する感謝の想いを持つことがおもてなし力を育てるのです。



第31回

お客様の心の声に応える

~名刺活用で偶然を必然に~

 「この名刺をいただいてもよろしいでしょうか」。私が今も通うどのお店も、初めて訪店したとき、帰り際に領収書をお願いすると、こんな素敵な言葉をかけてくれました。

 一般的にお店では「宛名はどうしましょうか」と聞かれ、「会社名でお願いします」と名刺を渡します。すると「お持たせいたしました」と、領収書と一緒に渡した名刺も返されます。その名刺をケースに戻すときほど、悲しさを感じることはありません。

 経営的に考えれば、偶然に店を利用いただいた方を次の必然に変える。それが『創客』であり、ビジネスの基本です。お客様が名刺を出して下さった。そのチャンスを逃しては、何のための今日のビジネスだったのか。「領収書を下さい」「お名刺をいただいてもよろしいですか」。この流れを当たり前のように、現場で実行してもらいたいと考えます。

 個人名の領収書を必要とされる場合も、「今日はありがとうございました。私は○○です。また、是非お越しください」と言いながら名刺を渡し、名刺をもらう。そんな仕組みがお店にあると、リピーターは格段に増えていきます。なかには、名刺を渡すのを嫌がるお客様もいるでしょう。でも、その対応は別に考えればよいのです。嫌がるお客様がいるからと言って、その行動をすべてのお客様から無くすことは、まったく信じられない判断であり行動です。

 ではお客様の名刺をいただいた後のアクションはどうするのか。当然、来店いただいたことへのお礼状です。ところが「そんなことはできない」という人がいます。その理由の1つ目は「お客様にご迷惑が掛かるかもしれない」、2つ目が「手間とコストが掛かる」。

 1についてこう考える人や会社が多いから他社もしていないのです。こんなチャンスを無駄にしているから、今日の集客に頭を痛める日々が続くのです。「季節の便りなどを送らせていただいてもよろしいですか」そう聞けば、問題の多くは解決できます。2に関しては、無駄なコストではなく、必要な営業経費です。ひとりのお客様を創り出す。そこに経営資本を集中させることが、明日のお客様を創造して行くのです。

 お礼状は、たまったら書くのが苦痛になるので即時処理が基本。今日1日で何枚の名刺をお客様からもらえたか、その報告と共にお礼状を書き、経営者、幹部に提出して1日の業務の終了とする。この仕組みが必要です。

 何人のお客様の接客をして、何枚の名刺をいただけたかを数値化して行くことも大切な経営数字です。そんな売上数字以外に興味を持てば、社内で使う言葉は変わって来るでしょう。それが、企業のシフトチェンジにつながるのです。



第30回

お客様の心の声に応える

~使う言葉で価値も変わる~

 リッツカールトン東京に滞在した朝に、ルームサービスを頼みました。朝食を食べながら、東京で最も高い位置に客室を持つホテルからの眺望を堪能しようとカーテンを開けたところ、目に飛び込んで来た風景は、雨に煙った真っ白な世界が窓の向こうに広がっていました。直ぐそこにあるはずの森ビルすら見えないのです。

 リッツカールトン東京からの眺めは、本当に素晴らしいものがあります。夜には眼下にきらめく夜景が広がり、晴れた朝には東京タワーやスカイツリー、空気が澄んでいれば、富士山も眺めることができます。

 しかし、その日は最悪の天気でした。ガッカリしていたところに、頼んでいたルームサービスが届きました。ワゴンを押しながら入って来たスタッフが、開け放たれた窓を見てひとこと。「今日はあいにくの雨で、景色を楽しんでいただくことができませんね」と。ところが彼の言葉には、その後がありました。「でも、私はこの風景が一番好きなんです」。何も見る事のできない風景を「最も好きだ」。そんなおかしな話があるはずがない。「どうして?」と、思わず問いかけてみました。その時の彼の答えに、私は本当に感動したのです。

 「晴れた日の風景は確かに素晴らしく、リッツカールトンが誇るものの一つです。ただ、それらの風景はパンフレットやネット上でも数多く見られます。でも、この白く煙って何も見えない風景は、間違っても公開されることはありません。この風景は、その日ここに泊っていただいた方だけが見る事ができるのです。だから、私は好きなんです」。晴れていてほしい。晴れていた方が良い。宿泊するすべての人がそう願っていることです。しかし、365日晴れることはありません。たまたま泊った日が、雨ということも当然あります。「残念でしたね。次はぜひ晴れた日にご宿泊下さい」。安易に使ってしまいがちの言葉ですが、その言葉は、傷に塩を塗り込むようなものです。残念だったという想いを持ちながら、チェックアウトして、その不運な思い出を持って帰らなければならないのです。その人がリピーターとなるのか、偶然を必然に変えるかは、私たち、サービス業に携わるものの大切な仕事です。事実を言うだけではダメです。マイナスをプラスにする。それがサービス提供者の大切な仕事なのです。

 気が付くと、私はキャリーバックからデジカメを取り出し、何も見えない風景を何枚も写真に収めていました。これが言葉の持つ力です。価値とも言えます。ニコニコと良い思い出を持ってチェックアウトする自分自身に驚きながらも、言葉の持つ力を知った瞬間でもありました。



第29回

お客様の心の声に応える

~営業時間破るもてなしも~

 「お時間がないのですか?では、早めにお店を開けますので是非お越しください」。観光案内所でもらったパンフレットに載っている店に電話をして3軒目。その言葉に「岩国に来て良かった!」と、心から思った瞬間でした。どうしても食べたかった名物「岩国寿司」。しかし、新幹線の新岩国駅に戻るバスの出発時間は10時半。ところが、岩国寿司が食べられる周辺の店の開店時間は、11時か11時半。バスを遅らせれば、次の約束の時間に間に合わない。あきらめ掛けたときに、その店に出逢ったのです。

 「1人だけですが、そんなご無理をお願いしても大丈夫でしょうか」。「せっかくですから、どうぞお越しください。11時からですが、早めに開けてお待ちしています」。到着すると、「先程お電話をいただいた方ですね。雨の中をありがとうございます」とさっそく2階へ案内されました。そこには別の方がいて「お待ちしておりました」と挨拶されました。

 観光地の一等地にあるお店ですが、実は接客などまったく期待していませんでした。にもかかわらず、期待を超える「素敵な言葉」でお迎えしていただいたのです。そして、さらに素晴らしい言葉をかけて下さいました。「せっかくお越しいただいたのに、雨で残念ですね。でも、雨の日に錦帯橋を渡る色とりどりの傘って、情緒があって、私は好きなんです」。まさしくそう思い、錦帯橋を眺めていたところでした。

 錦帯橋に着いて小一時間。それなりの数の人に接してきました。多くの観光地で起こっていることですが、雨に濡れないところに座った方で、傘を差した観光客を気遣ってくれた方は、残念ながら誰一人としていませんでした。

 雨の中、来ていただいたお客様への感謝の気持ちは、伝えなければ伝わりません。訪れる誰もが、その雨を残念に思っています。晴れた日が良い事など誰もが知っています。でも、地元の方から「雨の日も良いんだよ」「雨の日が良いんだよ」。そんな声をかけてもらうと、うれしくなります。

 そしてもう一つの問題は、一度のチャンスにどう向き合い、応えられるかです。営業時間というルールだけの問題であれば、そのルールを破ることも「おもてなし」なのかもしれません。もちろん、それによって十分な対応ができないのであれば、すべきではありません。

 できるにもかかわらずすべてのお店に断られていたら、私は岩国寿司を食べることなく生涯過ごしたかもしれません。その素晴らしい対応に、今度は家族を連れて…。そう思っても当たり前。これが「おもてなし」による観光地活性化の神髄です。



第28回

お客様の心の声に応える

~1枚の写真に残す誇り~

 私がかつて添乗員の仕事をしていたころ、欧米に行く機会が多くあり、その度に感じていたことがあります。それが、多くの企業様から評価されている「バスドライバー・マニュアル」と「ロ-プレ研修」の元になっています。

 あるとき、お客様と一緒に空港に到着すると、ネ-ムボードを持ったドライバーが到着口で待っていました。そのお迎えの姿が、今でも印象に残っています。初めてお客様とお会いするときはドライバーもドキドキします。ただ、そのドキドキ感が、感動を創造する仕事を生み出すのです。

 バスに乗り込み出発すると、ドライバーが「マイクを貸してくれ」と言ってきました。そして「こんにちはぁ!マイケルです。よろしく!」などと片言の日本語であいさつをするのです。バスの中は、その一言で一気に和みました。見学する観光地でも、常に(可能な限り)ドライバーの姿があり、お客様が写真を撮るようすに、「カメラを貸して下さい。撮ってあげるから」と笑顔で声をかけていました。

 レストランでは、テーブルの真ん中にいち早く座ってお客様を迎える。そんなドライバーもいましたが、腹を立てるお客様は誰一人いませんでした。理由は、出逢った瞬間から心許せる旅仲間になっていたからです。ドライバーもお客様と一緒に旅を楽しむ仲間になっていたのです。

 日本の観光地ではほとんど見られない素晴らしいシーンにも多く出会いました。ドライバーを囲んでの記念撮影です。「ドライバーさん、一緒に写真を撮ろう」とたくさんのお客様が声を掛けているのです。安全運転はもちろん大切ですが、観光バスドライバーの仕事は、果たしてそれだけで良いのでしょうか。その本質は、「楽しい旅の思い出をお客様に残してあげること」ではないでしょうか。

 あるドライバーが、たくさんのお客様に囲まれた何枚もの写真を見せ、「これは、私の誇りだ」と言ってくれました。彼はドライバーという仕事を終えた後も、それらの写真を生きた証として大切にし、たくさんの友人に「誇り高き仕事」を語るのだろうと思います。 

 何枚の写真に、自分の笑顔をお客様の旅の思い出として残せるか。観光バスドライバーの誇りある仕事とは、その写真の中にあるように思うのです。

 仕事がいい加減だったり、単なる業務という考えであれば、そんな声をお客様から掛けられることはありません。マナーも、言葉遣いも、服装もやれと言われるからするのではない。やった方が良いからするのでもありません。その「誇りある1枚」を残すために、すべてが必要な条件だからです。



第27回

お客様の心の声に応える

~お客様が求める回答~

 翌日に新幹線での出張を控えてホテルにチェックインしました。観光シーズンで新幹線も込み合う可能性があり、早めに東京駅に行くことを考えていたのですが、深夜まで仕事をしたために、朝少し部屋でゆっくりとしたいと思ったのです。

 コンシェルジュに電話を入れて、新幹線の指定が取れないかを聞いてみました。回答は「もちろん、指定席の手配はさせていただけます。しかし、残念ながら今の時間は提携している旅行社の営業時間外なのです」というものでした。仕方がないので、早めに駅に行こうとあきらめかけたとき、「費用はかかりますが、バイク便で取りに行かせることもできます」との提案。驚きました。多くのホテルでは今まで、いつもそのサービスができるか、できないかだけのものでした。私が求めた回答は、旅行社が営業時間かそうでないかではありません。指定席切符がほしかったのです。回答にならない答えで終わってしまう対応が多いのです。費用は掛かるが、その抱える問題を解決してくれる提案は見事な回答でした。

 今回は、早くホテルを出発すれば良いと思いその申し出は断り、お礼を言って電話を切ろうとしたとき、さらなる感動がやって来ました。「では、ご希望の新幹線の今の空席状況だけでも確認させてもらっていいですか」。しばらくして、折り返し掛かってきた電話で「今のところ十分に席は空いておりますのでご安心下さい」というものでした。それから約1時間半、部屋でゆっくりと過ごすことが出来ました。

 お客様の心の声に応える。お客様の要望に応えることができた方が良いに決まっています。しかし、例えそれが叶わない事であったとしても、その根っこに応えることはできるかもしれません。これこそが目の前にいるお客様へのおもてなしなのです。

 かつて、上司に「西川さん名古屋にジャンボタクシーってあるかな?」と聞かれ「あります」と答えて大失敗した経験があります。その時の私の仕事は、必要な人数や時間を聞き、手配をすること。上司がその時求めていたのは「あるかないか」ではなく「そのタクシーを使いたい」ということへの回答。その意味では私の返答は、ベストではありませんでした。

 この日ホテルをチェックアウトした時、電話口で親切な対応をしてくれたコンシェルジュから「西川様、少しお時間をいただいてよろしいでしょうか」と声を掛けられました。「先程電話でお伝えしてから時間が経っておりますので」と、今現在の空席情報を調べてきてくれたのです。感動でした。私は駅までのタクシーをやめて、徒歩で向かいなが、ゆっくりと最幸の笑顔を楽しみました。 



第26回

仕事の終わる瞬間が次の仕事を生む機会

~サービス提供後の姿~

 バタンと閉まる車のドアの音。これまで何気なく耳にして違和感を持ちながらも、とくにに気にすることもなく日々を過ごしていました。ところが、先日出張で東京に行ったとき、聞こえるはずのこの“音”がしません。数歩歩いて、思わず振り返ってみると、そこには、これまで見た事のない光景があったのです。「kmタクシー」が、その音のしない対象物でした。

お分かりでしょうか。料金の支払いを済ませて降りたとたんに、次の仕事に向かうために自動で閉められるドアの音。その当たり前の音が、その日に限ってしなかったのです。私が見たのは、ドライバーがシートベルトを外して、後部座席の足元まで忘れ物がないかを確認する感動的な姿でした。

 「お忘れ物のないように」。日常的に多くのタクシードライバーから掛けられる言葉です。しかし、なぜその言葉を言わなければならないのかを、本当に理解しているドライバーは少ないのではないでしょうか。

会社の指示で言わされる言葉は「作業」としての声掛けでしかないのです。「作業」では、やったという事実はあっても、そこから生み出されるものは何もありません。だから忘れ物は減らないし、お客様の心にも、何も残すことが出来ないのです。

この言葉の本当の意味は、忘れ物があったらお客様が困る。ドライバーも業務が増えて大変。だからこそ、忘れ物を失くそうというものではないでしょうか。声掛けは、忘れ物を失くすための一つの手段に過ぎないのです。

客席を振り返るドライバーは多くいます。でも、降りる時に足元に落とした携帯電話の忘れ物は多いと聞きます。振り返ったくらいでは客席の足元は見えません。次の仕事に向かう前に今、目の前にいるお客様への仕事をしなければならない。その意識を持つことが真のプロとしての仕事を生み出すのではないでしょうか。

シートベルトを外して後部座席に乗り出すように確認をする姿は、御世辞にもスマートなものではありません。しかし、そのドライバーは、これまで私が乗ったどのタクシードライバーよりカッコよく輝いて見えました。

サービスの提供が終わり、お金をいただいたらそのお客様への仕事は終わり、そういうサービス提供者が多い。次の利用機会を生み出すことこそが仕事なのです。先にお客様を見送ったタクシードライバーが、後から到着した同僚のタクシードライバーと2人で、空港ターミナルに入って行くお客様を見送る姿がありました。お客様がその見送りに気付かなくても、その瞬間を周りにいる多くの空港利用者が見ているのです。



第25回

おもてなしの最後の仕上げを託す

~帰る道中まで気配り~

 東京に予約の取れない伝説のレストランがあります。カシータがそのレストランです。そこで楽しいひと時を過ごしました。帰る時には、いつもスタッフが1階のビルの外まで出てお見送りをしてくれます。姿が見えなくなるまで見送る。その徹底ぶりには、いつも頭の下がる思いでした。

 その日は、かなり遅くなっていたので、タクシーで帰ろうと思いビルの外に出ました。するとそこには、オーナーの高橋氏も見送りに出て下さっていたのです。「西川さん、タクシーですよね」と声を掛けると、交通量の多い青山通りに高橋氏自身が飛び出して、タクシーを停めようとされたのです。

 恐縮しながらその姿を観ていると、何台ものタクシーが高橋氏の横を通り過ぎて行きます。乗車中だったのか、予約車だったか、あるいは手を上げていることに気付かないのかなど考えていると、ついに1台のタクシーが停まろうとウインカーを出しました。「やっと来た」と思った瞬間、そのタクシーに、高橋氏は「行け」という合図を送っています。停まるなという合図です。不思議に思っていると、ようやく私のために呼び寄せたタクシーが停まり、ドアが開いた瞬間に、高橋氏がにっこりと笑顔を向けて言いました。「西川さん、このタクシーなら安心です」。

 楽しく過ごしてもらう時間と場所の提供にこそカシータの本質があります。ただそれは、決してレストラン内だけに限ったことではないのです。旅館・ホテルや訪問客の多い企業様にも言い続けていることがあります。どんなに施設内で素晴らしいおもてなしで感動を創造出来ても、そこから帰る道中で嫌なことがあったら全てが台無しなのです。

 つまり、返事もしないようなドライバーに気分を害されては、折角の努力が全て無になってしまう。それは、楽しかった思い出を消し去り、不愉快な思い出を持って帰ることになってしまうのです。だからこそカシータの高橋氏は、お帰りいただく最後を託さなければならないタクシーにもこだわるのです。

 関わる場所と時間だけに注目していてはいけません。最後の印象を決める施設からお帰りいただく見送りやタクシーにも気を配らなくてはならないのです。そこまでこだわって初めて、館内でのおもてなしが生きて来るのです。

 クライアント企業に伺った翌朝、電話をもらいました。「昨夜お乗りになった電車は大丈夫でしたか?家に着いてから、ニュースで電車が不通になったと聞いたものですから」と。施設内だけのサービスを売っているのではありません。私たちは楽しいお客様の旅を売っているのです。その意識が新しい価値を創造すると考えます。



第24回

価格でも品質でもない人間力の時代

~記憶に残る「人間力」~

 テレビでも話題になっている「俺のフレンチ」というレストランがあります。フランス料理界の革命児として多くのメディアに取り上げられ、「予約ができない」「毎日行列ができる」というお店です。

 もう1つは高速バス業界の革命児「ウィラーエキスプレス」。どちらも既存のビジネスモデルを覆し、業界の概念を変える試みで時代の企業となりました。

 この両社を知りたくて、先日利用しました。その結果、それぞれの企業の持つ力を未来に向けて考えた時、私はその両者に大きな違いを感じたのです。両者とも既存の事業者に対して「価格」を武器に参入しました。「価格」実現のためには、多くの学びと革新、そして失敗という経験が今の成功をもたらしたと思います。しかし、その両者の持つ違いこそが未来へつながる大切なものであると考えるのです。

 「俺のフレンチ」は、今のままだとマネをする企業が出て来たときに、未来は厳しいものとなると感じたのです。一方「ウィラーエキスプレス」は、自分たちの持つ今の成功をもたらした根幹部分の価値に気付いているとしたら、さらに大きく伸びる可能性を十分に持っています。

 価格競争の「価格」とは、「もの」による競争です。同様に「品質」と捉われがちな「料理」や「バス」も「もの」です。「価格」か「品質」かは、よく論議されます。実は、両者とも「もの」の競争なのです。

 第3の力が重要です。それは「人間力」なのです。両社はまったく違う業界ですが、どちらかというと「人間力」を出しにくい「ウィラーエキスプレス」が、その力を圧倒的な違いで実行しているのに、正直驚きました。伸びるべくして伸びる企業が持つ本当の力を「ウィラーエキスプレス」は持っていたのです。

 新宿を22時30分出発の高速バスに乗り込むと、乗客はすぐに睡眠に入ります。販売者側のドライバーがお客様と接する場面は、ほんのわずかしかありません。しかし、そのチャンスを同社は最大限の武器に変えているのです。

 乗車時に預ける荷物の受け取り方に、他社との違いがあります。大切なお客様の財産を傷つけてはならないという想いが、しっかりと両手で受け取る行動につながっているのです。サービスエリアでの休憩時には、クライアント企業にお願いしているタイヤの安全点検をしていたのです。たまたま良いドライバーに出逢ったのかもしれません。

 しかし、そのおもてなしを受けた者にとっては、それこそがその企業が持つ力なのです。人が行うおもてなし行動こそが、お客様の記憶に残る「こと」を生み出すのです。