-コラム-

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第23回

タクシードライバーのもてなし力

~もてなしの「人間力」~

 先日、長野県松本に出張の折、すごいタクシードライバーに出逢いました。「西川さん、いかがでしたか」。その一言に、それまでの疲れはどこかに吹っ飛び、楽しい会話に、わくわくしとした時間を過ごすことができたのです。

 その日は予定より少し早めに到着しました。季節は、新そばの時です。1度行ってみようと思っていたそば屋へ、駅前からタクシーに乗り、「帰りは店の人にタクシーを呼んでもらおう」と考えていた時、「おそばお好きなんですか」と、ドライバーからいきなり問いかけられ、「ええ、好きですね。ドライバーさんも」。「好きですよ。週に4日はおそばです」と会話が弾み店に到着。

 「お帰りはどうされるのですか。この近くにご宿泊ですか」「いいえ、駅までまた戻ります」「じゃあ、食べ終わられたらまた呼んで下さい」と、タクシーカードをもらいました。

 この当たり前の言葉と行動に出逢う機会は本当に少ないのです。予定を済ませて帰ろうとしても、公共交通機関はない。流しのタクシーもほとんど走っていない。そんな場所に降ろしてもらっても、帰りの心配をしてくれるドライバーはほとんどいません。ひとつの仕事が終われば、それで完了なのです。

 一声かければ仕事を創造することができるのに、いつになるか分からない順番待ちの駅に戻って行くのが一般的なタクシーなのです。そばを食べ終わった後、当然そのタクシー会社に連絡をしました。そして、再び出逢ったそのタクシードライバーから驚くようなおもてなしの言葉を掛けられたのです。それが、「西川さん、いかがでしたか」という言葉です。久しぶりに感動しました。

 タクシーを電話で呼ぶ時には、当然のように配車センターに名前を伝えます。迎えに来てもらった時に、「西川様ですか」と聞かれることはあります。しかし、それはお客様を間違えないように乗車させる確認の名前でしかありません。その後に名前を呼ばれることは、まずありません。ドライバーとの会話があったとしても、そこは密室での会話なので、名前を呼ばなくても会話は成立するのです。しかし、そのドライバーは会話の中に何度も何度も「西川さん」という名前を繰り返し使ってくれたのです。そのお店を出発した時に「駅でよろしいですか」と聞かれ、思わず「山中さんのおすすめのお店に、もう1軒連れて行ってくれません」と言ってしまいました。理由は、「もう少し話したかった」なのかもしれません。もっと話したい。そうお客様に感じさせる力こそが「価値」であり、もう1度逢いたい、と感じさせるおもてなしの心を持った「人間力」なのです。



第22回

顧客から個客サービスへの進化の時

~ただ1人のお客様の為に~

 航空機利用の出張が多いなかで、記憶に残るおもてなしがあります。それは、今でも捨てる事の出来ないメッセージカードとして、手元に残っています。

 ホテルでの滞在が続き、空調で喉を痛めていた時、移動の機内で眠ってしまい、いつの間にか目的地に到着。降りる時にキャビンアテンダントから「西川様、いつもありがとうございます。のど飴お持ちになって下さい」と、小さなビニール袋を手渡されました。

 自分が咳をしていたのはなんとなく覚えています。「ありがとう」と受け取って、ポケットに入れ、電車でその袋を取り出した時、思わず「やられた!」という感動でいっぱいになりました。なんとその袋の中に小さなメッセージカードが入っていたのです。

 カードには「いつもご搭乗いただきましてありがとうございます。暑い日が続きますので、体調にお気を付けてお過ごし下さいませ」とメッセージが手書きされていました。忙しい機内業務で、わずかな時間を見つけて私のためにのど飴を袋に詰め、手書きのメッセージまで添えるという行為に、この航空会社を選んで良かったと思ったのです。

 サービス業では、多くのお客様へ日々サービスを繰り返し実行し続けなければなりません。クレームの出ないように最善の注意を払いながら笑顔で対応する。そこに生まれるのが、均一化されたサービスなのです。

 しかし、それではクレームが出なくても感動は生まれません。感動が生まれないから、次の利用が約束されない。その繰り返しのように思います。クレームを恐れず、感動を創り出すことにチャレンジすればおもてなしは生まれます。

 お客様の名前を間違えることを恐れて、「お客様」と呼び続ける企業が多くあります。タクシーで乗り付けた時に、受け取ったキャリーバックに付けた名札を見て「西川様、いらっしゃいませ」と声を掛けてくれた福岡のグランドハイアットでの出来事をクライアント企業に話した時のことです。「もしそのカバンが誰かからの借りたものだったら、名前を間違うことになる。そんなことはできない」だから「お客様」で仕方がないのだ、という声を聞きました。

 ただ1人のお客様のために、その行動を実行する。そこに「創客」のできるおもてなし行動が生まれるのだと思うのです。どんなにレベルが高く気持ちの良い行動であっても、均一化されたサービスはおもてなしとは言いません。

 お客様一人ひとりを「個」と捉えて、そのお客様への個別対応をしていくことでしか、真の目的である創客のおもてなしはできないのです。一枚の手書きメッセージカードにそれを感じたのです。



第21回

客室案内サービスが商品となる時に感動が生まれる

~滞在を楽しませる役割を~

 「いつもと同じ風景で申し訳ございません」。客室案内スタッフから掛けられたその一言が、どれだけ重要であるかを知る人こそ、おもてなし上手なのです。

 そのホテルには1年に数度しか泊りません。フロント係が周辺を通りかかった客室案内スタッフに、「西川様です。お部屋へのご案内をお願いします」と声をかけました。そのスタッフはキーを受け取り、客室へ案内します。

 ドアを開けて私の後から部屋に入って来たスタッフの発した言葉がそれでした。しかも「本日はいつもより高い階にお部屋を準備させていただきましたので、ちょっと違った角度で風景をお楽しみいただけますよ」と続けたのです。これらの言葉を発するには、私が過去に泊った部屋の方角と階数を知っていなければできないことです。これをさりげなく言葉にして伝えることで、感動を創造するという素晴らしい仕組みです。

 フロントから客室までの間に、今日の宿泊顧客情報を見る、もしくはインカムで情報を得る。どちらにしろ、この言葉が重要なおもてなし行動であることを知らなければ、その行動に価値を生み出すことはできません。

 大阪にあるホテルに滞在した時、客室からの風景について、スタッフに尋ねました。「あれは淡路島ですか?」「いいえ、ここからは見えません。遠いですから」。しかし、どう考えてもそれは淡路島でした。その理由を話したところ「確認してまいります」といって、いったん退出しましたが、結果は淡路島でした。

 客室案内スタッフは、迷うかもしれないお客様を部屋に案内する役割ではありません。また荷物を部屋に運ぶ、客室の使い方を説明するのが仕事でもありません。案内した客室でゆっくりと寛いでいただきながら、滞在を楽しんでいただくためのお手伝いをするのが役割ではないでしょうか。客室から見える風景はその旅館・ホテルの大切な財産の一つです。

 都内のホテルで忘れることができない思い出があります。客室の説明を終えたスタッフが「お部屋は気に入っていただけましたか?」の一言を発する前に、「ちょっと失礼します」と言って、窓のカーテンを開け、そこから見える風景の案内をはじめたのです。「下に見えるのが国会議事堂で、その向こうに間もなく点灯するスカイツリーが見えます」。私は思わず「本当だ!見えますねぇ」と、声を上げてしまいました。

 翌朝のチェックアウト時には「スカイツリーは楽しんでいただけましたか?」とスタッフがうれしい言葉を掛けてくれました。ここに客室案内スタッフとフロントスタッフが協力をして、お客様の滞在を価値あるものにしようとするおもてなしを感じたのです。



第20回

企業で創り出す「おもてなし」

~大きな感動も創造する~

 「ホスピタリティとは、おもてなし=一期一会である」と私は言っております。そして、おもてなしとは、「想って為す事」からはじまるのです。

 満員の電車で、あなたは座っているとします。その時に目の前に妊婦やお年寄りが立った時、あなたはどの様な行動を取りますか。誰もが、その人に席を譲ることを頭にイメージすることでしょう。しかし、実際には行動できる人は意外と少ないのです。

 お客様に何かをしてあげたい。そうすることがきっと喜ばれるだろう。そういう「想い」を持った時に、その行動が実行できるのです。恥ずかしい、面倒くさいと思う気持ちに勝ち、実行する。おもてなしとは、その行動を指すのです。

 サービス従事者の誰もが、お客様に喜んでもらいたいと思っています。ただ、どんなにその想いを持っていても、お客様に伝わらなければ、無かったも同じ。想いを伝える事こそが、価値を生み出すおもてなし行動なのです。

 この行動を個人ではなく、企業として実行している素晴らしい事例を福岡で見つけました。ある日、空港に向かうためホテルに呼んだのはMKタクシーです。乗車と同時に有名なMKタクシーの基本用語が次々に実行されます。「本日はご乗車いただきありがとうございます」「本日、空港まで送らせていただきます○○です」「指定の道はありますか」「車内の温度はいかがでしょうか」。

 快適なドライブの後、空港に到着。料金の支払いを終えれば、次にドライバーが取る行動は分かっていました。運転席から出てきて、客席のドアを外から開けてくれる。

 そうイメージしていた時、驚いたことに、まだドライバーが運転席にいるにもかかわらず、ドアが開いたのです。

 少し開いたドアの外から「よろしいですか」と。そこにMKタクシーのドライバーが立っていたのです。私の乗ったタクシーが到着した時、お客様を見送り終わった別のMKタクシーが停まっているのは気付いていました。実は、そのドライバーがそのドアを開けたのです。

 1つの仕事が終われば、次のお客様を得るために少しでも早くその場を離れたい。普通のドライバーであればそう考えるでしょう。ところが、MKでは別のMKタクシーが到着すれば、そのタクシーに乗っている人も大切なお客様。その意識がそういう行動をとらせたと思います。

 一人ひとりが目の前のお客様を「私のお客様」と捉えて行動出来れば、1人が創造できる感動どころではない、大きな感動を創り出すことができるのです。



第19回

間違ってもやり続ける価値

~続ければ自信にもなる~

 出逢った瞬間に、お客様にショックを与える。それがどれだけの価値を持つか。ある温泉地の観光協会の依頼で「おもてなし研修」の講演をしました。講演終了後に、尊敬する旅館経営者から「良い話を聞いた。間違ってもやり続けるというのは、本当にそうだね」と声をかけられました。

 その経営者の旅館でも以前に、素晴らしい取り組みを実行していましたが、わずかな間違いから、やめてしまったそうなのです。その取り組みは、ご予約のお客様がマイカーで到着された時に「○○様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と車を降りた瞬間に、お名前を呼ぶというものでした。当然、お客様は驚かれると同時に笑顔になり、名前を呼んでもらえた事をうれしく思われたことでしょう。

 来館と同時に得た感動は、それからはじまる数々のおもてなしを、より高い満足度に感じてもらえるものです。予約の時に来館方法を伺っておけば、お客様の車のナンバープレートの登録地と人数で、お客様が特定出来たのです。ところがある時、その大切なお名前を間違えてしまい、その後その取り組みはお客様に失礼だからとやめてしまったそうです。

 ところが、私の大好きなレストランカシータは、毎日同じ間違いをしています。レストランのあるビルの前ではカシータのスタッフが毎日待ち構え、停車するタクシーのドアを開け、必ずお客様の名前をお呼びします。「お待ちしておりました。西川様」といった具合に。

 ところが、その乗客からの返事は「いいえ違いますよ」。当然、そこに停車するタクシーは、カシータに来た人だけではなく、買い物に来る人もいます。しかし、何度間違っても、やり続けるのです。たった1人のその方に出逢える瞬間まで。その瞬間が来た時、必ずお客様は驚かれ、笑顔になる。その笑顔を見たくて、間違い続けているのです。

 間違えれば「失礼しました」と謝ればいい。たったそれだけのことと、いとも簡単に言ってのけるオーナー高橋氏の言葉には、やり続けて、お客様を笑顔にして来た自信がありました。間違ってもやり続ければ自信にもなり、それはいつか他社を圧倒する価値を創り出すのです。

 軽井沢の「星のや」では、軽井沢の駅に迎えに来てくれた送迎バスのドライバーに名前を告げればホテルに着いた時に、スタッフが名前を呼びながら荷物を預かるために掛け寄ってくれるのです。ドライバーが乗車したお客様の情報をホテルに知らせる。たったこれだけの工夫で到着した瞬間にお客様を一気にファンにしてしまうのです。できないことなどない。間違ってもやり続ける。そこから工夫も生まれるのです。



第18回

感謝を込めてのおもてなし

~17年前のお礼状と再会~

 6月に「おもてなしセミナー」を東京、大阪、福岡で開催しました。その時「個人の参加でも良いのでしょうか」という電話が入りました。「会社の代表でも、個人でもスキルアップは可能です」との返事で参加が決まりました。その後、その方(A氏)からのメールに、驚きの内容が記されていたのです。

 それは、A氏が17年前にもらったというお礼状についてでした。当時外資系の航空会社に勤めていたA氏に、お客様から1通のお礼状が届いたそうです。そこには、A氏のおもてなしの素晴らしさが書かれていたそうです。A氏にとってそのお礼状は、その後勤めた17年間のつらい時や苦しい時の支えとなり、今日まで顔晴って来られたということでした。

 さらに私を驚かせたのは、「その方にずっとお礼が言いたいと思っていました。そのお客様というのが、西川さんなのです。東京でお目に書かれる事を楽しみにしています」というものでした。そしてセミナー当日、17年振りの再会を果たしました。

 何とA氏は17年前に私が書いたお礼状を持って来て下さったのです。17年の歳月を感じるボロボロになった3枚の手紙は、テープで丁寧に補強されていました。その手紙を震える手で読ませてもらいました。文章も文字も赤面してしまうほどひどいものでしたが、その手紙が人の役に立った事をうれしく思うとともに私自身が感動してしまいました。

 お客様からいただくお礼状は、決して当たり前のものではないということも分かっています。しかし、たくさんのお礼状をもらう優れた人や経験の長い人は、いただくお礼状に対しての感動が弱くなっていないでしょうか。果たして、いただいたお礼状のうれしさをお客様に伝えているでしょうか。その発信が出来た時に真にそのお客様との絆が結ばれ、実行したおもてなしが企業価値に変わるのです。はじめてお礼状をもらった時の感動を忘れることなく、その感動と感謝の想いを込めて今日のおもてなしが実行できたら、間違いなく新しいお客様の素晴らしい笑顔に出逢えるはずです。

 おもてなしとは「想い」のキャッチボールであると同時に、お客様だけではなく、私達のビジネスを支えてくれるパートナー(出入り業者)の方々に向けても発信されるべきだと思います。彼らがいないと私達のビジネスが成り立たない事を、忘れてしまっていないでしょうか。「いつもありがとうございます」。その一言が、その後を変えることになるかもしれません。声を掛けた人が笑顔になれば、その笑顔を見るお客様方もきっと幸せな気分になれる。これもおもてなしのキャッチボールです。



第17回

チェックアウトの後に感動が

~仕事の成功願う気持ち~

 ホテルで迎える翌朝のチェックアウト。多くのホテルでは、それが縁の切れ目となるケースが多い。宿泊施設で大切なことは、快適な部屋だけでなく、如何に素晴らしい滞在時間を提供できるかにあります。その時間を「また来たい」と思わせるものにしなければならないのです。

 部屋での快適な滞在が満足でも、次の宿泊の確約はもらえない。ビジネスとは1度の利用を得るものではなく、1つの接点を機に再利用してもらうための確率を上げることを言います。その最後のチャンスがチェックアウト時にあるのです。

 ビジネス客にとっての快適な滞在は、次の日のビジネスを成功させるための手段に過ぎません。「ご滞在は満足いただけましたか」と聞かれても、「今日も一日顔晴ってください」と笑顔で見送ってくれるホテルは意外と少ないものです。その最幸の見送りを受けたホテルの一つに、ザ・ペニンシュラ東京があります。

 ペニシュラホテルの客室にはFAXがあります。ある時、急ぎの原稿をクライアント企業に送るため、夜中までかかって書いた原稿をFAXしますが送信できません。結局、その夜はあきらめ、翌朝、フロントスタッフにお願いをしたのです。しかし、やはり流れません。番号が間違いではありません。

 「大変申し訳ありません。何度かやってみたのですが、話中か何かで流れないのです」。一般的なホテルではこの事実を伝えるだけで終わりです。ところが、ペニンシュラホテルのスタッフは、「もし可能であれば、コピーを取らせていただけませんか。西川さまが出発された後も、何度かやってみたいのです。もちろん、責任を持ってそのコピーは破棄いたしますので」。

 素晴らしい応対です。この申し出がなければ、私は忙しい中でコンビニを探してFAX送付にトライしなければならないところでした。

 そして、さらに感動したおもてなしは、その10分後にやって来ました。携帯電話が鳴ったのです。「たった今、お預かりしていたFAXが流れましたので、ご安心ください。お預かりしたコピーは破棄いたします。どうぞ今日もお仕事顔晴ってください。またのご利用をお待ちしております」というものだったのです。

 この電話がなければ、FAXは間違いなくクライアント企業に届いたのだろうかと、ずっと気にしていなければならないところでした。

 快適な滞在の提供だけではなく、チェックアウトされたお客様のビジネスの成功を願う気持ち。これこそがビジネスマンに対する最幸のおもてなしなのです。



第16回

心温まるローカルバス

~町で最初のおもてなし~

 「ありがとうございました」と、丁寧にお礼を言いながらバスを降り、動き出したバスに手を振る子供たち。唐津から呼子へ向かうローカルバスでの出来事に、心が温かくなりました。

 博多から高速バスで佐賀県唐津に向かい、そこからローカルバスに乗り換えて、目的地の呼子行く途中です。バスターミナルで時刻表を確認していると「ちょうど今出たばかりです。次は50分後ですが、そのバスは海岸線を走るルートですよ」と案内の声。「50分も待つ」というマイナス面以上に、「海岸線を走る」という一言で、次のバスの出発までがワクワク感いっぱいの時間になりました。 

 そして、乗客の一人としてローカルバスに乗り込んだとき、地方観光のおもてなしを見ました。「急がなくていいですよ。ゆっくりとご乗車下さい」。運転席からの声で乗り口に目をやると、足の弱い方がステップを一生懸命に上がっているところでした。さらに、全ての乗客が乗り込んでも、すぐにバスは動きません。ドライバーはバックミラーで乗客が席に着くのを確認して、ようやく出発しました。

 交差点では、バスがその随分手前で停まり、「どうしたのか?」と前を見ると、「渡りなさい」といった様子でドライバーが手を振っています。ちょうど自転車に乗った中学生が、横断しようとしていたのです。先に進んでも赤信号。後続車が停まってやらなければ、その中学生たちは、その後もしばらく待つことになるでしょう。

 そんな出来事がわずか30分ほどの間でいくつも起こるのです。急ぐ人はイライラしたかもしれません。しかし、バスに乗り込む足の弱い方は、大切な自分の家族かもしれない。道を横断しようとする中学生の立場は、明日の自分かもしれない。乗客の誰もが、その光景を当たり前の事として受け止め、同乗者と会話をしている。

 このゆったり感が、とても贅沢な時間に思えました。これは、そのドライバー個人の判断だったのでしょうか。そうであるなら非常にもったいない。これがドライバーの個人ではなく、企業力であったとしたらそのバス会社は間違いなく、無くてはならない素晴らしいローカル企業でしょう。

 たった30分だけのローカルバスの旅でしたが、そのことでここが大好きになりました。「またいつか来たい町」になったのです。これこそが地域企業の地元への大きな貢献です。駅や空港、港そしてバスターミナルに降り立つ観光客を、その地域の代表として一番はじめにおもてなしをするのがタクシー、バス会社です。その質がそれぞれの地域のおもてなし度に大きく影響をもたらす。これは真実です。



第15回

一言を逃さないおもてなし

~全スタッフが関わる~

 「西川さん、今日もご出張ですか?」。キャリーバックを引きながらレストラン「カシータ」に入店した時、スタッフから声を掛けられました。「そうなんです。これから福島の方へ」と会話しながら、席まで案内してもらいました。その後に、水を持って来たスタッフが、「西川さん、これから福島なんですか。大変ですね。お仕事がんばって下さい」。オーダーを取りに来たスタッフも「西川さん、今から福島まで行かれるのですか?それまでゆっくりして行って下さい」。さらに、食事を持って来たスタッフまで「西川さん、私、福島出身なんです」。

 その日、会話したすべてのスタッフが、何気なく言った「福島に行く」をキーワードに声を掛けてくれたのです。おかげでその日は、1人での昼食に2時間半かかってしまいました。ただ、まったく退屈することもなく楽しい時間でした。

 秋田に講演で行く日のことです。数日前からその日の天気が崩れるということは予報で分っていましたが、前日に関西での仕事があり、当日入りしか出来ません。その日の朝、最悪を想定し、羽田経由で新幹線に乗り継いでも講演時間に間に合うよう、時間の余裕をみて大阪空港に到着しました。

 普通にチェックイン出来たので、安心して2時間近い時間をラウンジで過ごしたのです。ところが、出発30分前に「秋田空港行きは天候の都合で、大阪空港に引き返す条件付きの運航になる」とのアナウンス。直ぐに会員ラウンジのスタッフに、「2時までに秋田に着く方法がないか」を尋ねました。二人がかりで調べてくれたのですが、その時間からでは、予定便に乗るしかないということでした。

 しかたなく、祈るような気持ちでその便に乗り込みましたが、幸い天候が回復して秋田空港に着陸出来たのです。降りる時、キャビンアテンダント(CA)から「着陸出来て良かったですね。お仕事がんばって来て下さい」と声を掛けられ驚きました。

 たぶん、気遣いの出来るCA個人の判断だったと思いますが、仮にラウンジスタッフからのこういうお客様が乗っているという情報を元にした声掛けだとしたら素晴らしい企業力だと思います。お客様との接点の中で知り得た小さな情報であったとしても、それを使ってお客様に感動を伝えることはできるのです。

 たとえ、それが電話受付業務のバックスタッフであったとしても、お客様との会話の中で掴んだ情報を、直接お客様と接するスタッフに伝えることで、そのスタッフはお客様を笑顔にする言葉を届けることが出来るのです。全てのスタッフが、お客様の感動を創造するための業務に関わることが出来る。何気ないお客様との会話の中にも、おもてなしの仕掛けがあることを忘れてはなりません。



第14回

名前を呼ぶことでお客様を引き寄せる

~“ひと手間”に感動~

 20年近く前、米国出張時に立ち寄った百貨店・ノードストロームで、店員から「サンキュウ―。ミスターニシカワ」と応対された時の驚きと感動は、今も鮮明に覚えています。

 その店に行ったのはもちろん初めて。なぜ私の名前を知っているのか?答えは簡単、クレジットカードで名前が分かったのです。ただ、名前を呼ばれることのうれしさは実感しました。

 ふだん「お客様」と丁寧に言われても、それは私個人ではなく、たくさんのお客様の一人に過ぎません。

 しかし、名前で呼ぶことは、その人と名前を一致させるひと手間が必要になります。そのひと手間に、うれしさを感じるのが消費者なのです。

 ただ、なぜ米国での出来事が私をそれほど感動させたのか。それは、それまで国内の老舗、有名、高級と言われる百貨店やホテルでカードを利用する時、いつも「お待たせいたしました。お客様」が当たり前だったからです。

 私にとってその言葉との出逢いが、「サービスの翻訳者」として仕事をするすべてのはじまりでした。

 リッツカールトン東京にはじめて泊った時のことです。翌朝、用事でフロントに電話を入れました。「おはようございます、西川様」からはじまって、3分間の電話の中で「西川様」と、なんと6回も呼ばれたのです。

 一対一の電話で、わざわざ名前を呼ぶ必要性はありません。しかし、名前を呼ばれる度に、見えるはずのない相手を身近に感じたのです。

 目の前にその人がいて、笑顔で接客してもらっているような、気持ちの良い出来事で、その日の仕事に力がみなぎる感覚を覚えました。これこそが、ビジネス利用者にとって最高のおもてなしなのではないでしょうか。

 先日もあるホテルで、夕食の間に名前を呼ばれた数が、20回を超えていました。話しかける度に名前をあえて呼ぶ。うるさいと思う人も、否定する前に20回もお客様の名前を呼ぶために何が必要かを考えてみましょう。

 少なくとも、お客様への目配りができていなければ、それはできません。

 名前を呼ぶには、お客様に常に注意を払わなければならない。その意識がお客様に昔からの知り合いだったような感覚を持たせるのです。一人で摂る食事は1時間もすれば退屈します。しかしその時は、気が付くと2時間半そこで過ごし、来月の予定を確認しながら、次の宿泊を考えている自分がいました。

 楽しい時間を過ごしていただくために名前を呼ぶ。これが最も簡単なおもてなしです。



第13回

「おもてなし」行動を考える前に

~原動力は「笑顔」に~

 出張の連続で疲れがたまり、ふと気付くと名刺入れにほとんど名刺が残っていません。翌日は講演の仕事が入っていました。大阪に戻れるのは24時を過ぎる。翌朝は7時過ぎの飛行機に乗らなければならない。祈るような気持ちで、深夜23時近くに事務所へ電話を入れました。するとスタッフの宮内が電話に出たのです。

 「大丈夫ですよ。明日私が空港に名刺をお持ちしましょう!今日は自宅に帰って下さい」。涙が出るくらいにうれしい言葉でした。

 翌日、空港では彼が笑顔で朝食を取りながら待っていてくれました。それだけで十分なのですが、受け取った名刺を見て、私はさらに感激しました。観光ビジネコンサルタンツの名刺は厚紙の2つ折りです。印刷屋からは折られていない状態で届きます。ところが手渡された名刺50枚は、すでに折られていたのです。私が折った覚えはありません。じつは夜の間に、彼が名刺を2つ折にするという面倒くさい作業をしてくれたのです。私は彼の「感じる力」「おもてなしの心」の素晴らしさを改めて実感しました。 

 年が明けた鹿児島でのことでした。空港に降り立った私をクライアント企業のスタッフが迎えてくれました。その日、外は冷たい風が吹いて、思わず襟元のボタンを留めたくらいに寒い日でした。

 ところが、駐車場に向かう途中で「大阪からずっと吸っていらっしゃらなかったでしょう。時間は大丈夫ですから、一服して行って下さい」と、喫煙所の前で止まって下さったのです。私がたばこを吸うことをご存じの方で、ふと頭の中に浮かんだのかもしれません。

 何も言わずに通り過ぎれば、温かい車に乗り込む事ができます。しかし、喫煙者の私のために、寒い中で待つという面倒くさいと思うような事を選んでいただいたのです。

 「おもてなし」とは、決して難しい学問的な、あるいはビジネスノウハウを必要とするようなことではないのです。でも、この「めんどくさい」という感情に勝たなければなりません。お客様と向き合う時に、つい頭に浮かぶ「めんどくさい」を封印しなければならないのです。

 そのストレスに勝つ原動力は、お客様の笑顔にあります。自分がお客様になった時に、その笑顔をサービスの提供者にプレゼントできていますか?そのプレゼントが上手な人だけに、たくさんの「おもてなし」のヒントがもたらされるのです。

 良いサービスを受ける力のない人には、そのチャンスがこぼれ落ちてしまっているのです。提供する「おもてなし」を考える前に、まず「おもてなし」を受ける力を身に付けて下さい。



第12回

おもてなしとは想ってなすこと

~「三献茶の精神」で~

 おもてなしで圧倒的な違いを創り、お客様の心を掴むことで、価格競争からの脱却を目指す。そんな志を持った人たちが隔月に東京、大阪、福岡の3会場で勉強会をしています。

 私にはその参加者との夕食会がまた、たまらなく楽しみな時間です。その理由は、参加者との語らいだけではなく、スタッフが2ヶ月間かけて一生懸命に探した店での開催だからです。今回も素晴らしい店ばかりでした。

 その中の一つから、おもてなしとは何かを改めて学びました。そこは、食材にこだわったお店でした。予約時に、おもてなしサービスを勉強している集まりだと伝えると、「プレッシャーですね」と苦笑いされたそうです。

 夕食会の当日、食事開始からしばらくすると、店員が数枚の板を抱えてテーブルにやって来ました。「お店から皆様へプレゼントを用意しました」と、手渡したプレートには、1人ひとりの名前が墨で書かれ、裏面に「感謝」「感動」といった文字を入れたメッセージが書かれていたのです。

 「サービスなどで定評のある店では、よくあるサプライズ」と思った瞬間、私はある事に気付いたのです。それは、その日が店で初めて実行されたサプライズの演出だったのです。

 つまり、予約を入れた日の言葉をきっかけに、「なんとかお客様を喜ばせたい」と思った店長が、一生懸命に考えたものだと思います。最幸のおもてなしは、メッセージの書かれたプレートではなく、それを実行しようと考えてくれた時間そのものではないかと思うのです。

 ホスピタリティ(おもてなし=一期一会)とは、相手を想う心であり、サービスとはその想いをお客様に伝える表現行動です。どんなに素晴らしい想いがあっても、お客様に伝わらなければ、その想いはなかったものと同じです。また、想いのない行動はサービスとは言わないのです。

 お客様にバスの車内でお茶を出す会社があります。その地域ではそうした習慣がないために非常に喜ばれています。

 ところが、お客様から「いつもお茶を出していただきありがとうございます。しかし、そのお茶を飲まれた事がありますか?」というお葉書をいただきました。カルキ臭の強いことへの厳しい声です。

 お茶を出せばサービスが出来ているのか?いいえ、それは違います。本当の価値は、そのお茶を美味しく飲んでいただくことにあるのです。どうすればおいしいお茶が提供できるのか。温度、器、タイミング等も考える三献茶の精神です。それを考える想いと時間こそがおもてなしなのです。